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393.同じ笑い方

『昔、俺の――とある村で聞いた話なんだが』


 俺はそうと前置きをして、語り出した。


『近くの山に化け物が棲んでて、山に若い男が迷い込むと化け物は女の形で化けてでて、男を誘惑して精気を吸い尽くして殺してしまう――という話があるんだ』

「ありきたりな話ですわね」

『そうなのか?』

「ええ、どこの村に行っても必ずと言っていいほどありますわ。もっとも素朴な信仰の形の裏の形、ですわね」

『なるほど』


 シーラがそういえばそうなんだろう。

 どこの村に行っても必ずある、というのは予想外だったが。


『どこにでもある話だったらなおさら都合がいい』

「それと同じことをわたくしがすればよろしいんですの?」

『ああ、どうかな』

「それは構いませんが」

『が?』

「前にもお話したとおり生娘でしてよ? その類のことを上手くこなせるようになるのは……はてどうすればいいのか」

『ああ、そこは俺の魔法で』

「では何も問題ありませんわ」


 シーラは即答した。

 口角を持ち上げるという、ノリノリな感じもつけてきた。


「どうすればいいんですの?」

『まずはお試し。手加減はするから楽にしてろ』

「ええ、わかりましたわ」


 シーラはその場で立ちつくした。

 俺の指示通り、全身がリラックスしているのがはっきりと見て取れた。

 俺はシーラの前に移動した。


 大公シーラ、その目の前に魔剣が浮かんでいるという、見る人が見れば実に絵になると感じそうな光景だ。


『俺に触ってくれ。そうだな、柄を軽く握るだけで良い』

「こう?」

『ああ、まずは既存の魔法――【ソウルテイカー】』


 俺は魔法を詠唱した。

 最初の古代の記憶の中にあった中級魔法。


 瞬間、シーラの手から魔力が流れてきた。

 その魔力は俺――魔剣リアムの刀身を管のように通って、下向きになっている切っ先から地面に流れていった。


「うっ……」

『大丈夫か?』


 魔法を止めて、シーラに聞く。

 シーラは額に汗を一粒浮かべながら大丈夫だと言ってきた。


『そうか。今のは見えたか?』

「ええ、わたくしの力があなたを通って地面に放出された」

『排水を川に流すイメージでやった』

「確かにそのような感じでしたわね」

『まず基本はこれ。触ったら相手の力を吸い取って吐き出す、という感じだ』

「なぜ吐き出すんですの? すって自分のものにした方がよくありませんこと?」

『一人二人ならいいけど、場合によっては大量にやるだろ?』

「……食べ過ぎは胃袋が破裂しますわね」


 シーラはすぐに理解した。

 そう、そもそもシーラの目的は「一人でも多くのものに恐怖を持ち帰ってもらう」ことだ。


 だからこれをやるにしても十人二十人、場合によっては百人とかを相手にするかもしれない。

 一人二人なら力をすって満足満足、ですむけど、百人もいれば食べ過ぎ(、、、、)で体を壊す。

 だからすったものを放出する形にした。


『シーラのそれは大事な考え方だ。排出を見えないようにするから、はたから見ればシーラは無尽蔵に力を吸い尽くす化け物になる』

「いいですわね」

『そこにもうひとつつける』

「もうひとつ?」

『回復阻害……とでもいうんだろうか。今の俺は斬っても死なないようにしてるだろ?』

「ええ」

『シーラのそれは「すった分回復しない」って感じがいいと思う。生涯回復しないように体の機能を破壊してもいいけど、それだと体も相応によわる』

「だから回復阻害。力を使い尽くして(、、、、、、)も三日の休養で済むのが月単位にすればいいということですわね」

『そういうことだ』

「いいですわね。であればわたくしからも注文よろしくて?」

『言ってくれ』


 俺は即答した。

 こういう場合、シーラの方が自分の目的をよく理解しているから、その注文は可能な限り取り入れていくのがベストだと思っている。


「快楽もつけましょう」

『快楽?』

「性的なものですわ。だってわたくしは――」


 シーラはにやりと笑う。


「精気を吸い尽くす化け物なのでしょう? この手のもので一番わかりやすいのは淫魔ですわ」

『あー……』


 確かにそうだ。


「恐怖を与えるには、表層に出ている部分をなるべくわかりやすいものの方がいい場合もありますわ」

『この場合そうか』

「ええ」

『よし、それもつけよう』


 快楽を与えるのは難しくない。

 最近、俺は自分で体験した体の感覚をつけることをよくやっている。


 男の体に快楽を――まあ、自力で大昔からちょこちょこやっているから殊更やる必要もない。


「もうひとつ注文よろしくて?」

『ああ』

「結果は淫魔にやられた形、ならば過程は淫魔からかけ離れた形がいいかもしれませんわ」

『そうなのか?』

「例えるのなら――拳で殴られたのに名刀で斬られたような鋭利な傷口になった、とかですわね」

『なるほど、多少分かるけど肝心な所は分からない……怖いな』

「でしょう?」

『なら……ああ、今俺の事を持っているな』

「ええ」

『相手の頭をわしづかみ、って事でどうだ?』

「頭の鷲づかみで、快楽を与えて精力を吸い尽くす――最高ですわね」


 シーラは笑った。

 さっきまでの笑いとはちょっとだけ違って、楽しげな――心の底から楽しげな笑い方に変わった。


 俺も楽しかった。

 シーラのオーダーで俺が魔法を作っていく。


 自分が作りたいように作るのとはまた違う楽しさがあって、ものすごく楽しいと俺も思った。


『――ふふっ』

「あら」

『え?』

「今の笑い方、ラードーン様に似ていましたわね」

『……ラードーンと似たような気分になっているのかもしれない』

「人の身でますます神竜に近づいてきましたわね。さすがですわ」


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