39.妖精の村
中級精霊達を一旦全部引っ込めて、俺は後回しにし続けていた事を思い出した。
改めてアイテムボックスを呼び出して、その中から二千枚のジャミール金貨を取り出して、アスナとジョディの二人の前に並べる。
「うわっ、すっごい金貨。どうしたのこれ」
「二人の取り分だ」
「へ?」
「取り分……ですか?」
アスナはきょとんとして、ジョディはちょっとだけ困ったように首をかしげた。
「ああ。ラードーンのことなんだが、本当は『魔竜』じゃないかもしれないんだ」
「どういうことなの?」
俺はスカーレット王女との事を話した。
ラードーン由来の魔法が神聖魔法と言われて、それを知ったスカーレット王女から口止めの三千枚の金貨がおくられてきた。
「この金は、ラードーンのことを口外しない口止めの金、だと思ってる。だから二人にも分けなきゃって思った」
それもあって、この家を建てるときの予算は1000枚以内に収めておいた。
下賜された3000枚の内、三等分した後の二人分を、アスナとジョディの目の前に並べた。
「えー、そんな事言わないよ。そもそも何も知らなかったんだし」
「ええ。それに、私達はリアムくんと契約してるのよ」
「あー、そうそう。こんなのなくても言うなって言えばいいじゃん」
「それもなんだか違うんだ。とにかくこれは二人の取り分」
俺はそういって、改めて金貨を二人にっていう意志を示した。
二人は「うーん」とうなって、視線を交わしてから、
「わかった、もらっとく。でも預かっといて」
「ええ」
「預かる?」
「こんなの、もって帰れないし、家に置いてても危ないだけじゃん?」
「私も、これが家にあったら次の日間違いなく空き巣に入られるわ」
「あー……」
それも、そっか。
「だからリアムが預かっといて。そもそも、ここで話をしたのも、絶対に誰かに聞かれない場所だから、なんでしょ」
アスナはにやりと笑った。
たしかにそうだ。
「わかった、じゃあ俺が預かっとく。使う時はいつでも言ってくれ」
「うん、そうする!」
「ありがとう、リアムくん」
アスナもジョディも、嬉しそうに微笑んでくれた。
☆
二人が帰った後の家の中、俺は一人になって、中級精霊と、ラードーンジュニアの召喚の練習をしていた。
新しい召喚魔法の数々、心が躍る。
中級精霊だからマスターまでに時間がかかるだろうけど、それでもマジックペディアに入ってるってことはワクワクした。
そうやって一人で魔法の練習をしていると、
『大きな魂をもつ人間よ』
「ラードーン?」
落ち着いた、竜の声が聞こえてきた。
最初からそう思っていないけど、こうして聞くと、やっぱり悪者には聞こえない穏やかな声だ。
『おもしろいな、大きな魂を持つ人間よ』
「面白い? それより、その呼び方はしんどくない? 名前で呼んだ方が短いし楽だろ」
『……』
ラードーンの「きょとん」とした感じが伝わってきた。
まさかそんな事を言われるとは、って驚いてる感じだ。
『ふふ……よかろう。リアムよ、おもしろかったぞ』
「何が?」
『よもや精霊を進化させるとはな』
「あれってそんなにすごいことなのか?」
『魂の大きさがなせる技、であろうな』
そういうものなのか……。
『その特殊な力を見込んで、一つ頼みたい事がある』
「頼み事?」
ラードーンが、俺に?
☆
翌日、俺は、ラードーンがいたあの森に向かった。
元々はラードーンが封印されていて、それで立ち入りを禁止されていた地域だったが、ラードーンがいない今、その制限は解かれていた。
俺はするするっと森の中に入って、ラードーンがもともと寝そべっていたところにやってきた。
「えっと……ここから北東に100メートル、だったか」
教えてもらった通りにすすんだあと、手をかざす。
昨日からずっと練習してきて、来る途中も発動を頑張っていた召喚魔法が発動した。
神聖魔法の光が広がって、ラードーンジュニアが召喚された。
同時に、目の前の景色がゆがみだした。
見えているものがぐにゃっ、って歪んで、その後弾けた。
「なっ」
俺は驚いた。
その先にあるのは、直前とまったく違う光景だった。
「わっ、人間だ」
「人間だ、人間だ」
「逃げろ-」
そこに何かがあった。
俺をみて、いきなり逃げ出した。
それは人間を小さくした――妖精だった。
ピクシーと呼ばれる種族は、人間の赤ん坊よりも更に一回り小さくて、半透明で、淡い光をはなって、背中の昆虫のような羽を羽ばたかせて飛んでいる。
半透明であわく光っていることもあって、叩けばそのままつぶれてしまいそうな、そんな感じだった。
「まて、俺は敵じゃない。ラードーンに言われてきた」
「え?」
「神竜様に?」
「それ本当? それ本当?」
逃げ出したピクシーが止まって、次々と戻ってきた。
「ああ、ほら」
俺は呼び出した、子犬の様なラードーンジュニアを抱き起こして、ピクシー達に見せる。
「本当だ、神竜様の子だ」
「神竜様どうしてる?」
「元気? 今元気?」
ラードーンの使いだと知った途端、あっちこっちから更にピクシーが現われた。
まるで「湧き出た」かのように、次々と出てきて、俺のまわりに集まった。
「えっと、ラードーンから、お前達を守るようにって言われてきた」
「どうすれば良いの?」
俺は手をかざして、一番近いピクシーに向ける。
ここは、ラードーンが保護している妖精達の里。
妖精達はか弱く、放っておけば人間に狩り尽くされる運命にあったという。
彼女達の羽──ピクシーフェザーは魔道具の貴重な材料なのだという。
それを狩られないために、ラードーンがまわりに結界を張って、彼女達を守っている。
それを、俺に引き継いで欲しい、という話だった。
「まず魔法をかける、いいか?」
「わかった」
ラードーンへの信頼がよほど高いのか、ピクシー達は何の疑いもなく受け入れた。
『同時に、名前をつけてやるといい』
ラードーンの声が聞こえてきた、俺は頷いた。
「じゃあ――君はレイナで」
そういって、そのピクシーに向けて、ファミリアをかけた。
契約の光がピクシーを包み込む。
光の中で、妖精がみるみる形を変えていく。
小さかったのがどんどん大きくなって、成人女性くらいの、普通の人間のサイズになった。
白い肌に金色の髪、幻想的な美しさを持つ女性に変化した。
ピクシー・レイナは。
『なるほど、エルフに進化するか……面白い』
ラードーンの声は、俺の力を称えている声だった。