387.分からない恐怖
「もしそれが可能なのであれば」
シーラはにやりと笑う。
「確かに恐怖ですわね」
『やっぱりそうか』
「ええ。単身で殲滅、しかも包囲。通常ではあり得ない事ですわ」
シーラに確認は取れた。
その事を魔法で実現する方法はすぐに数パターン思いつけたが、それが本当に行けるのか俺には判断がつかない。
だからシーラに確認をとって、シーラが行けるといった。
『なら……やるべき事は二つ、だな』
「どんな感じでして?」
『一つ目はそのための魔法。魔王……だから、シーラが斬った相手を俺がそれに相応しい魔法をかける。そのための魔法を開発する』
「あら、わたくしがするのではなくて?」
『今回はいい』
「そうですか。もうひとつは?」
『シーラが長期戦を戦い抜く事ができる何かだ。千人近いんだろ?』
そう聞くと、シーラはにこりととてもいい笑顔で笑いながら、予想外の言葉を口にした。
「なるほど。一つならすぐですわね」
『え? 二つだぞ』
「一つですわね」
『……』
「……」
しばし、シーラと見つめ合った。
俺は「魔剣リアム」という姿だから、実際は目と目があっての見つめあいじゃないけど、空気としては真っ向から見つめ合った。
しばらくして、その意味を理解する。
『そうか……一つか』
「ええ、一つですわ」
シーラは事もなさげに、いかにも自然体って感じで言い放った。
1対1000のための基本的な戦闘力は自分で何とかできる。
その事をシーラは平然と言ってのけて、俺はそれをすごいなと密かに感心した。
☆
ホリブサの廃墟でシーラとその軍を待たせること一時間。
急ピッチで魔法を仕上げた俺は再びシーラに声をかけた。
それまで部下の報告を受けたり、指示を飛ばしていたりしたシーラだが、俺を――魔剣リアムを手にして、綺麗な髪を黒に染め上げた。
その姿を見て、彼女の部下たちがいっしゅん驚き、しかし全員が口をつぐんだ。
シーラは黒い髪をなびかせたまま、部下たちから距離をとって「一人」になる。
「お待たせ致しましたわ」
『なんでそんな格好に?』
「魔王から語りかけられれば邪魔が入らなくなりますわ」
『おお、なるほど』
「あなたとラードーンのやり方を参考にさせてもらいましたわ。彼らは部下になって日が浅いのでわかりやすい見た目が必要でしたけど」
『ふむ』
「それで……魔法はもう完成ですの?」
シーラはそういい、途中で数秒間沈黙して、あさっての方角をみた。
それはジャミール軍が来ている方角。
向こうも進軍をとめているのか、最初のころに見られた砂煙はおさまっていて、その分ジャミールの旗がよく見えるようになった。
それをシーラと一緒に眺めながら、答える。
『ああ、できた』
「さすがですわね、どういうものなんですの?」
『そうだな……説明するよりも一回実際に見てもらった方が早いだろ』
「ではわたくしにそのままかけてくださいまし」
『え? あんたに?』
俺は驚いた。
誰かにかけてそれをみる、ということでシーラの部下の誰かに協力してもらおうと思っていたのだが、シーラが自らその事を申し出てきたことに驚いた。
「ええ、わたくしがもっとも無難ですわ。あなたのことをよく知らない、何が起きるのかも分からないのでは恐怖が大きくなりすぎますわ。彼らに無用な恐怖を押しつける事はありませんわ」
『恐怖?』
「ええ、どうかしまして?」
『……』
俺は少し考えた。
いや熟考――といえるレベルで考えた。
シーラは黙って俺の好きにさせてくれた。
しばらくして、考えがまとまったからまた念の為にシーラにいう。
『わるい、改良する』
「ええ、どうぞですわ」
これまた何も聞かず、文句も言わず。
シーラは微笑んだまま、髪を黒から元のものに戻した。
☆
夕方。
シーラは俺――魔剣リアムを持って、単身でジャミール軍に向かった。
魔剣を既に抜き放っていて、髪も「魔王の力」だとアピールする漆黒のものにして、風によらず一定の間隔でふわりとなびかせている。
その状態で単身ジャミール軍に向かっていた。
シーラが単独で突っ込んできた事で、ジャミール軍にそこはかとない動揺がはしったのが、魔剣の姿で感覚が限定的に研ぎ澄まされているからよく分かる。
そりゃあ相手の総大将が一人で向かってきたら動揺もするってもんだ。
シーラはゆっくりと近づいていく。
ジャミール軍の矢の射程に入ったところで、シーラは魔剣を横に薙いで、そのまま地を蹴って突進した。
直前まで「本当に一人で来るのか?」というざわつきがそのまま混乱に横滑りする。
シーラは突進して、舞うように漆黒の髪をなびかせて兵の一人をきった。
兵は長い槍をその場凌ぎに突き出したが、シーラは槍ごとそれをきった。
派手に斬ったが、致命傷にならない程度の斬撃。
ここでもシーラは目的のための手段をしっかり守っている、恐怖を持ち帰らせるために手加減して殺さないようにした。
そのまま敵陣になだれ込んで、一人また一人と斬っていく。
そうして戦っていくと、敵軍も「相手は一人だ、囲んで倒せ」という感じに逆に落ち着いてくるものだが、その落ち着きは長続きしなかった。
「うわっ! なにをするんだ、やめろぉ!!」
少し離れた所、シーラが突進した方から叫び声が上がった。
シーラはちらっとだけ視線を向け、俺はがっつりそっちをみた。
それはシーラが最初に斬った兵士だった。
兵士は立ち上がって――そのまま味方に襲いかかった。
それだけではない。
「ち、違うんだ! 体が勝手に――うわあああ!」
兵士の自意識は残ったままだが、体が勝手に動くって感じで、味方をおそっていた。
それによって、味方の兵は反撃ができず、防戦一方になった。
「や、やめろ!!」
「こっちだってやりたくてやってるわけじゃねえ!」
「うわああああ!」
次々とシーラが斬り倒した兵士が立ち上がって、味方を襲いだした。
シーラが斬り倒した兵士が、まるで伝染病のように広がって、体の自由をうしなった。
体の自由もさることながら、|何が起きているのか分からない《、、、、、、、、、、、、、、》ことが恐怖に拍車をかけていた。
それを確認したシーラはいったん混戦から飛び出して、敵軍の外周を回りはじめた。
外周を回って、一人また一人と斬っていく。
その結果、シーラが斬り倒した兵士が立ち上がって味方を襲う。
シーラが外周を回っていくのとともに、操られた兵士。
ぐるりと一周した頃には操られた兵士が味方を取り囲むような形になった。
それを確認したシーラは中に入って、「二周目」をはじめる。
この頃になると、「包囲」されたジャミール軍にはもうシーラに構う余裕はなくて、シーラはまるで水を得た魚のように、敵軍の中で魔剣を振るって舞うように被害を拡大させ続ける。
被害は加速的に増していく。
1000人近い兵を完全に制圧するまでに1時間もかからなかった。