386.包囲殲滅
「大公陛下に申し上げます!」
ホリブサの破壊が一段落したところで、一人の兵がシーラの所に駆け寄ってきて、ほとんど滑り込むような勢いで膝をついて頭を垂れた。
「南西に15キロほど離れた所にジャミール軍らしき部隊を発見」
「あら、そっちも来ていたのね。数は?」
「旗幟などの規模から1000弱と推定」
「速度は?」
「それが……現在停止しております。伝令などが慌ただしく動いている様です」
「結構、引き続き監視を、動きがあればすぐに報告を」
「はっ!」
兵が頭を下げてから、パッと立ち上がって立ち去った。
「なるほどね」
『何かわかったのか?』
「ここの戦果――ということになるのかしら」
シーラはにこり、とほほ笑みながら答える。
街一つを消し去ったことを「戦果」と話すには、くもりない美しい笑顔だ。
「ジャミールからの救援ですわ」
『ああ……手を組んだって話だったな』
「ええ、手を組んであなたとあなたの国を攻めようとした。そこにわたくしがあなたのしもべとして挙兵し、矢面にたったものだからここでも共同戦線をということになったのですわ」
『なるほど、それで救援。じゃあ止まっているのは?』
「救援に駆けつける前に同盟軍が壊滅してしまったものだから救援の意味がなくなってしまいました、ということですわね」
『あー、そりゃそうか』
シーラの言う通りだと納得した。
うん、まったくもってその通りだ。
「しかも助ける相手がただ負けただけじゃない、損害――は把握していないのでしょうが、街がきえたのは目視できますから、それで盛大に混乱しているのですわ」
『それもそうか』
「というわけで、おそらく今必死に状況の把握と指示を仰いでいる、そんなところですわね」
『じゃあ放置しても問題ないのか』
「ありませんわね。ただ」
『ただ?』
聞き返すと、シーラはまた笑った。
目元と唇にうすい笑みをたたえた。
「今逃げていったのはキスタドール軍、そしてあちらはジャミール軍。あちらにも恐怖を持ち帰ってもらいたいですわ」
『そうだった!』
シーラの目的がそうだったことを思い出す。
敵軍を撃退するのはもちろん、出来るだけ生存者が多くなるように撃退する事で、生存者に恐怖を持ち帰って広めてもらうのが目的だ。
そういう意味では確かに、ジャミール軍にはまだ、恐怖を与えていない。
「もう少しだけよろしくて」
これまでのような笑みではなく、うかがうような表情と語気でシーラが聞いてきた。
もうちょっとだけ力をかしてくれるか? って意味なんだろう
『それはいいけど』
「けど?」
『同じやり方じゃなくて、このホリブサにしたのと違う事をした方がいいんじゃないのか?』
「どうしてですの?」
『え?』
「え?」
もしも俺が今「魔剣リアム」じゃなくて、人間の姿だったらシーラと向き合って、どちらも間抜けな顔でみつめあっていただろう。
顔をつきあわせなくても、おたがい同じような間抜けな声をだしてしまった。
「いまのえ……というのは?」
『ホリブサを壊したとき、シーラは驚いてただろ?』
「ええ、まあ」
『俺がまさかそれができるって思ってなかったからなのだろ』
「もうしわけありません、あなたを見くびっていたわけでは――」
『そうじゃなくて』
俺はシーラの言葉を、弁明をさえぎった。
『知らないことがまだある、知らない事がまだ出てくる。その方がすごいって思うし――敵だったらこわい、だろ?』
「……その通りですわ」
シーラはハッとした。
そして力強く頷いて、俺の言葉に同意した。
俺は少しホッとした。
シーラがさっき見せた反応からの推測なんだが、もしかしたら間違っているかもしれないと思ってた。
的外れなことをいってないつもりだが、そこは俺も「はじめて」のこと。
その上魔法じゃないことだ。
魔法の何かだったら推測だろうが正しいだろうと判断出来るんだが、そうじゃないことはたとえ自分が「間違ったことは言ってないつもり」でもまちがってる可能性がある。
だからちょっと不安だったが、それが正しかったみたいでほっとした。
「ではなにか違う事をさせていただきますわ」
『なにかアイデアはあるのか?』
「そうですわね……」
シーラは頬に指をあてて、考え込んだ。
すぐに答えないのは「ない」ということなんだろうが、彼女の性格上でるまで考えるだろうなと思った。
だから俺も考える。
下手の考え休むに似たりというが、それでもとにかく考えた。
「もう街という箱はありませんわ」
『ああ』
「ですので、包囲してじっくり叩いて、それで恐怖を植え付けるのが無難ですわ」
『なるほど包囲……』
「なにか気になる事がありまして?」
『いや、包囲はいいんだが……』
そうといって、思考の時間を稼ぐ。
魔法ならすぐに思いつくが、そうじゃないから今頭の中に浮かんできたものをかたちにする時間がほしい。
シーラは俺を急かさずに言葉の先を待ってくれた。有難い。
十秒くらい時間をかけて、俺は思いついた言葉を口にした。
『……一人で』
「一人で?」
俺は「ああ」と頷き、訝しむシーラにいった。
『一人で包囲殲滅をしたら恐怖がすごいんじゃないかな』