385.一撃
『跡形もなく?』
予想外の頼みに不思議がった。
「ええ……難しいでしょうか」
『いや、難しいって事はないけど、なんでだ? と思っただけだ。せっかく落とした街をなんで?』
「このホリブサは通常の街ではありません、前線や要衝に造られたもの。特に産業もなく商いも兵――軍を相手にしたものばかりですわ」
『そういうのがあるのか』
俺はすこし驚いた。
そういう街がある事は今まで知らなかった。
「ええ、ありましてよ」
『そういうものなのか』
「ですので、占拠しても旨みが少ないんですの。侵攻をさらに進めていけば、ここはいずれ『後方』に変わります。そうなれば存在価値はいよいよなくなりますわ」
『……ああ、長年国境が変わらなかったから意味があったのか』
「その通りですわ」
なるほどな、と思った。
「もちろん無理矢理活用する事も可能でしてよ」
『へえ、どんな感じで?』
「最前線の要塞都市ということは、籠城にも対応できるように糧秣の保存の設備が充実してますの。ここにいったん運び込んで、貯蔵しながら必要に応じて最前線に分配する、という使い方ができましてよ」
『なるほど』
「ですが、糧秣はあなたの開発した新しい魔法でどこでも保存できるようになりましたわ」
『ああ』
「ですので、その使い道もなくなりましたわ。ならば最後に残った使い道に使いますわ」
『最後の?』
「恐怖」
『ああ』
またまたなるほどと納得した。
さっきからずっと、シーラがそうしようとしている事。
敵兵をなるべく殺さずに追い出したのも、街に隠れているものを見つけてこれまた追い出したのも。
恐怖を体験して、生きたまま逃げ帰ってそれを広めてもらうというのがシーラの目的だ。
街の完全破壊という全くの予想外の要請でも、最初に言い出した目的に沿った事だという事に俺は感心した。
『ブレないな』
「あなたほどではありませんわ」
『ラードーンも同じことをいってた』
「似た者同士ということですわね」
『そうらしいな』
シーラがおどけるように笑った。俺もちょっとだけ楽しくなった。
――さて。
『すぐにやった方がいいのか?』
「ええ、撤退する敵兵達がまだ見える内に。目に焼き付けておけるように」
『そりゃそうだ』
馬鹿なことを聞いたな、と、さっきとは別の意味で笑った。
『よし……なら空に上がろう』
「空?」
俺の提案に、シーラはキョトンと不思議そうな顔をした。
☆
ホリブサ上空。
飛行魔法でシーラごと空に上がった俺達。
空からは敵軍もシーラの軍の動きもよく見える。
敵軍は撤退を続けていて、シーラの軍はシーラの撤収命令に従って、全員がホリブサからでて数百メートル離れた場所に退避した。
『恐怖を植え付けるのが目的なんだよな』
「ええ」
『わかった――はじめよう』
「わたくしはいつも通りハッタリを担当すればよろしいんですの?」
『そうしてくれ』
「分かりましたわ――ジャミール、パルタ、キスタドール」
シーラは深呼吸一つ、前詠唱をしてから巨大な薔薇の魔法陣を展開した。
ただ魔法陣を展開するだけの魔法。
魔法陣を出すだけの魔法だが、その規模故にシーラでも前詠唱が必要になった。
数十メートルにもわたって展開する魔法陣は遠方にもよく見えるほどの巨大なものだった。
その証拠に、数キロ先にいる敵の撤退する動きに乱れがでた。
『アメリア、エミリア、クラウディア』
シーラが魔法陣を展開するのにあわせて、俺も前詠唱をして魔力を高める。
魔力が充分に高まったところで、魔法を放つ。
『【バニッシュブラスト】!』
【盟約召喚】をとおして本体から魔力を取り出し、魔法を放つ。
黒いビームがシーラの魔法陣から放たれて、地上の街ホリブサを直撃する。
大爆発が起きて、一時的に爆煙があたりに充満した。
その大爆発で、遠くで撤退を続けていた敵兵らの動きが完全に止まった。
しばらくして、爆煙が晴れたあと。
ホリブサだった場所が大きくえぐれて、街が完全に消え去っていた。
これでいいかな――と、思っていた所に。
「え……き、消えてる?」
なぜかシーラが絶句していた。
『どうした、まずかったのか?』
シーラの反応に俺は不安になった。
彼女の言う通り無人のホリブサを消し飛ばしたのだが何かまずかったんだろうか。
「い、いえ。まずい事はなにもありませんが……」
『が?』
一体どうしたんだろうか? と、依り代の魔剣の姿だが、気持ちは盛大に首をかしげていた。
「まさか一撃だとは思っていませんでしたので」
『うん?』
「無人であっちこっちにダメージがはいっているとはいえ要塞都市、何回かに分けての破壊になると思っていましたわ。それがまさか一撃で」
『破壊は簡単なんだよ、何か作るより遙かに』
最近「作る」ことが多いから、俺は自分でも分かるくらいしみじみとした口調になっていた。
「……やはりすごいですわね。私など全力を出して城門をどうにかした程度でしたのに」
そう話すシーラは感心しているやら、呆れているやらの、かなり複雑な表情をしていた。