384.恐怖の重ねがけ
敵兵が逃げ出したあとのホリブサに、シーラが兵を率いて悠然と入った。
『誰も……いないのか?』
破壊された城門から入った直後に目に飛び込んできたのは、人っ子一人いない静まりかえった町並みだった。
直前までの戦闘の熱気が残っているから廃墟感はないが、それが逆に違和感を際立たせた。
「いないのならそれはそれで都合がいいですが――まずは探させますわ」
シーラはそういい、近くにいる兵を呼んで、街の中をくまなく探索するように命じた。
シーラの命令で兵が動き出して、一仕事を終えたとばかりにシーラは手持ち無沙汰になった。
『そういえば』
「なんですの?」
『この街を攻める口実――屁理屈は何だったんだ?』
「屁理屈?」
『貴族にはそういうのが必要だって前いってただろ? 戦を始めるときは特に』
「ええ、言いましたわ……本当に言わなければわかりませんの?」
『ん?』
シーラに聞き返されて、俺はちょっと戸惑った。
その口ぶりだと既に俺が分かるような形で見えてたのか?
なんだろうか、どういうことだろうか。
あれこれ考えたが、分からなかった。
『悪い、本当に分からない』
「ふむ、これくらいの事ならばと思いましたが、本当に魔法の事以外にはうといんですのね」
『どうもそうらしい』
「簡単な話ですわ」
シーラはそういい、「俺」を掲げた。
今の俺――魔剣リアム。
盟約リアムの依り代である魔剣を掲げた。
まわりでせわしなく動いている兵士達で、シーラの動きが目に入った者達がびくっとなった。
俺とのやり取りが聞こえない、かつ、その事も知らない一般兵からすれば、シーラがいきなり魔剣を掲げたもんだからビクッと身構えてしまうのも当然というもの。
が、シーラはそれには構わず、俺にだけ語りかけてきた。
「今の私は『魔王のしもべ』。……そういう事になっていますわ」
一旦は言いきったものの、数秒間あけて最後に補足を付け加えたシーラ。
『そうなってるな』
だから? というニュアンスを込めて聞き返す俺。
「開戦の口実など人間と人間、貴族と貴族同士がするものですわ」
『そういうものなのか』
「ええ、それに比べれば魔王のしもべが人間を襲うのなんて、魔王のしもべだからの一言で片づきますわ」
『なるほど……』
そういうものか、と俺は感心した。
――が。
「と、いうのもそもそも屁理屈ですわ」
シーラはいたずらっ子のような笑顔でいった。
シーラの言葉で一瞬納得しかけて、「はめられた」けど心のそこから納得した。
『ところで、今は何をしてるんだ?』
「さきほどだした命令通りですわ」
『それは聞いてたけど……何でここに立ち止まってるのか気になって』
そういって、俺は一度あたりを見回した。
シーラの兵がせわしなく無人になったようにみえるホリブサの街を探索するなか、シーラはどこにいくでもなく街なかで立ちつくしている。
『督戦をしてるわけでもなさそうだから、庁舎かなんかにいけばいいのに』
「確かに街を落とし、入城の際は真っ先にそういった施設に進駐するものですわね」
『だろ?』
さすがにこの感覚は間違ってなかった、とホッとする俺。
その一方で、間違ってないんならなんでシーラは動かないんだ? とますます不思議に思った。
「それは――」
「大公殿下!」
俺とシーラの会話に一人の兵士が割りこんできた。
兵士はシーラの前に駆けつけてきて、片膝をついて報告をはじめる。
「隠れている住民を発見いたしましたが、いかがなさいますか」
「守兵が逃げていった方角にむかって放り出しなさい」
「はっ!」
兵士が頭を下げてから、パッと立ち上がってさっていった。
『捕虜にはしないのか?』
「ええ。……私の目的はもう話してましてよ?」
『目的?』
なんだろうか……と一瞬頭を傾げたが、これはシーラが既にちゃんと話してたことだからすぐに思い出せた。
『ああ……恐怖を広めるため』
「そうですわ。だから捕虜にとるなんてもってのほか。恐怖を目にやきつけ、胸にいだいて、それを逃げた先で拡散してもらわなければですわ」
『なるほど、確かに』
納得はしたが、それでまた別の疑問が湧き上がってくる。
『それだと街の住民を全員追い出すって事になるよな』
「ええ、そのつもりでしてよ」
『俺はそういうのが詳しくないから的外れかもしれないが、住民を全部追い出した街って統治がむずかしくならないか?』
統治はまるっきりド素人だ。
国をつくったとはいえ、陛下やら魔王やらと呼ばれているとは言え。
俺は「統治」らしき事はほとんどしてない。
魔法を開発しただけで、いわゆる統治はスカーレットとかレイラとかに任せっきりで、たまにラードーンがアドバイスをくれる状態だった。
だからまるっきり素人だ。
その素人であってもこれはあまりよくないんじゃないか、って思ってしまう。
「ええ、ほんらいならあり得ませんわね」
『だったら……いいのか?』
「大丈夫ですわ、統治なんてするつもりはありませんもの」
『え? 攻め落としたのに統治しないのか?』
「ええ……もうひとつお願いしてもよろしくて?」
『え? 俺に出来る事なら別にいいけど……』
「あなたきっとできますわ。いえ、朝飯前だと思いますわ」
シーラはそういい、にこりと満面の笑顔を浮かべて。
「このホリブサを、跡形もなく消し去ってほしいのですわ」