383.不殺のシーラ
城門を吹き飛ばされた砦から敵兵が出てきた。
隊列を整えるのもそこそこに、という感じで、喚声を上げてシーラの軍に向かって突撃してきた。
城門がああも壊されては打って出るしかない、と言う感じで向かってきた。
シーラは兵を率いて、自らも先陣を切って突撃し、敵軍とぶつかり合った。
シーラによく似合う白いドレスアーマーと黒のオーラを纏い、オーラよりも更に漆黒にそまった、その美しい髪をなびかせつつ突撃する。
激突した瞬間、シーラはするどい斬撃で真っ正面の敵兵を切り伏せた。
それを皮切りに両軍激突する。
乱戦の中、シーラは一人、また一人と敵兵を切り伏せていく――が。
『どこか悪いのか?』
「何がですの?」
シーラは魔剣リアムで敵兵を一人斬り倒して、一息つくように立ち止まって、俺の質問にこたえる。
『速度もパワーもいつもより1……2、いや3ランクもした回ってる。しかもシーラが斬ったのは誰一人として致命傷を受けていない』
そうだった。
俺とであったときからシーラは目にも留まらぬ超スピードでの襲撃・戦闘を得意としていた。
少し日を開けて再会して、魔剣クリムゾンローゼを手に入れてからもまったく同じスタイルだった。
それはつまり、そういうスタイルがシーラ本来のスタイルだという事だ。
しかし今はまったく違う。
シーラはまるで「足を止めて殴り合う」ように、敵兵を一人ずつ……丁寧に? 斬っていた。
しかも斬った相手は全員が生きている。
シーラと一般兵の力量差を考えればさすがにおかしいと思った。
シーラは婉然と微笑んだ。
漆黒のオーラをまとったその笑顔は、美しく、また見た者を心胆寒からしめるものだった。
「わたくしが全力で立ち回ってしまっては、この戦場でわたくしの姿をとらえられる者など五指にも満たないですわ」
『そうだろうな』
「わたくしは今、魔王の力に支配されているのですわ」
『……ふむ』
「魔王のしもべとしての初陣、ならばそれをまず見せつけねばなりませんわ」
シーラはそういい、勇ましく突撃してきた兵の攻撃をはらい、返す刀できった。
血しぶきが舞う――が、これもやはり致命傷には程遠い軽傷止まりだ。
「今日は一人も殺しませんわ」
『一人も!?』
「殺してしまってはそこまでですわ。そうですわね……わたくしの前にでた敵兵には――」
そういい、また兵を一人斬った。
ここに来て、シーラの「手加減」がようやく完全に理解できた。
「――畏怖の語り部となってもらいますわ」
『おぉ……』
なるほど、と思った。
感動、いや感心なのだろうか。
俺は感心しているのかもしれない。
兵を率いて正面からぶつかり合う戦で、よもや「殺さない」というやり方があるとは思いもしなかった。
戦って「殺せない」とか「殺しそびれた」とかなら普通にわかる。
だが「殺さない」、シーラは「殺さない」ようにしている。
そんなやり方があって、しかも納得出来る理由まで見せられるとは思いもしなかった。
ならば――。
『恐怖を持ち帰ってもらうわけだな』
「その通りですわ」
『後押しをする』
「魔法ですの?」
『ああ』
「ならば演出をつけますわ」
シーラはそういい、魔剣リアムをぶぅぅぅん!! と、乱戦の中でなおはっきりと聞こえるほどの轟音をかき鳴らし、横一文字にふった。
轟音とともに生まれた衝撃波は前方一帯の敵兵を吹き飛ばし、シーラのまわりにスペースをつくった。
そのまま返す刀でシーラは魔法陣を広げた。
クリムゾンローゼの時によく似たバラの意匠の魔法陣、しかし魔剣リアム・魔王の力をイメージさせるために漆黒に染めた魔法陣。
漆黒のバラが戦場に煌めく。
『アメリア、エミリア、クラウディア――【エモーションブースト】』
俺――魔剣リアムが魔法を唱えた。
瞬間、魔法の効果が前方にある全ての兵を飲み込む。
兵達の表情が一斉に歪んだ。
「どんな魔法ですの?」
シーラは俺に問うた。
『今感じている一番つよい感情をさらに強くする。「ちょっとびっくりした」が「死ぬほどおののいた」になる感じだ』
「なるほど」
シーラは婉然と微笑んだ。
「サポート感謝ですわ」
そういって、再び敵兵にむかっていった。
それだけでシーラの正面にいる敵兵達が腰砕けになって、潰走状態になった。
既にシーラに対して芽生えつつある恐怖が、魔法によって最大レベルに増幅される。
シーラの演出、「魔王のしもべ」という演出も相まって、ほとんどの兵がシーラと相対した瞬間に逃げ出した。
シーラはそれを逃さず、ひとりずつ丁寧にダメージを植え付けていく。
戦闘はそれから30分しないうちに収まった。
最前線に立ち続けたシーラは最後まで一人も斬り殺さずに、しかし敵兵と砦内にある敵側の人間ほぼ全員にトラウマをきっちりとうえつけたのだった。