380.青いバラ
「さすが陛下」
アメリアがにこりと微笑む。
「何か思いついたのですね」
「うん、ラードーンのおかげで。これからだけど……たぶん行けると思いますよ」
「何かお力になれる事はありませんか」
「魔法のことですから俺が――ああいえ」
言いかけて、思いとどまって。
アメリアの事をまっすぐ見つめる。
「さっきの歌、もう一度聴かせてくれませんか」
「喜んで」
急な頼みごとなのにも拘らず、アメリアはためらうことなく引き受けてくれた。
嬉しそうな微笑みを浮かべた一秒後には、すぅ、と息を深く吸い込んで真剣な表情に切り替わる。
そして――歌い出す。
目を閉じ、全身全霊を込めて歌い出す。
さっきも聴いた力強い歌。
心が震えるほどの歌声が全身に入り込んできて、力があふれ出すのを感じる。
「アメリア、エミリア、クラウディア」
前詠唱を加える。
高まっていく魔力を、更に高めていく。
腹の底から沸き上がる物を掴んで、さらに奥にある物をさらって、掬って。
ありったけを纏めて吐き出すように底の底を吐き出す。
「――2……51!」
前詠唱とアメリアの歌。
二重のブーストで、同時魔法の記録を更新しつつ、新しい魔法を最短で作っていく。
「……――――」
手を見つめて、「よしっ」と言いかけたのをぐっと飲み込む。
アメリアがまだ歌っていた。
目を閉じて歌っているアメリアの邪魔をしないように、静かに聴き入る。
一曲歌いきってから、ゆっくりと目を開けるアメリア。
「あっ……」
目があって、アメリアは恥ずかしそうに頬を染めた。
「いつから……」
「すいません。邪魔しちゃいけないって思って」
「……ありがとうございます」
頬を染めて、うつむくアメリア。
気を悪くしては――ないみたいだ。
声をかけようとした瞬間、どうしてもできなかった。
『ふふっ』
「な、なんだ?」
小声でラードーンに聞く。
『いいや、敵対する人間が今のお前を見てなんていうかと思ったら楽しくなってきてな』
「……はあ」
『女一人道具にもできないお前の様な魔王がいるか、とかな』
「……?」
いまいちラードーンが何を言っているのかピンと来なかった。
が、からかわれているみたいだけど、けなされてる訳じゃないみたいだから深く考えない事にした。
それよりも――と、まずはアメリアにお礼を言うことにした。
「こちらこそありがとうアメリアさん、おかげで半分くらいの短さで魔法が作れた」
「お役に立てて嬉しいです。その……どのような魔法なのでしょうか?」
「ああ、ちょっとまってくれ」
アメリアを待たせて、【アイテムボックス】を開く。
何か「種」的なものはないかと探して――普通にあった。
それを取り出し、手の平にのせる。
「それは?」
「これはですね――」
そう言いながら、実演と説明を同時に――って感じで、手の平の乗せたそこそこの大きさの果実を割る。すると中からいくつも種が出てきた。
果肉がそこそこで種が結構大きい、果肉と種が半々といった感じの果実だ。
「バラの種、です」
「バラの種ってこうなっているのですね」
「俺も驚きました。シーラのクリムゾンローゼでちょっと気になって調達したらびっくりした。てっきり球根って形だと思っていましたから」
「どちらかというと種が大きいブドウという感じですね」
「ああ、そうかもしれません」
「これを育てるのですか?」
「ええ」
頷き、種を一つ摘まんでより分け、それだけを手の平に乗せる。
そして、新しく作った魔法をかける。
種が発芽して、伸びて、一瞬で開花するほど成長した。
綺麗に成長した白いバラが俺の手の中にあった。
わずか数十秒で種から花に育ったモノを目撃したアメリアはしたを巻く。
「一瞬で花に……すごいです」
「これを」
バラをアメリアに差しだした。
「私にですか?」
「ええ、どうぞ」
「ありがとうございます……」
女には花を、と教えてくれたのはアメリア。
本人の言葉通り、彼女もバラをもらって嬉しそうに頬を染めていた。
が、その嬉しさは一瞬で驚きに上書きされる。
バラを受け取った瞬間、白い花弁が根元から変化していく。
真っ白だったそれが、ねもとからすぅ――と青色に染まっていく。
ほんの一瞬、時間にして数秒程度。
アメリアの手に渡ってから数秒足らずで白いバラが青いバラに変化した。
「これは……?」
「育った花が初めて手にした人に合わせた色に変わるんですよ。えっと……上手く説明できないですけど魂の色というか」
「魂の色」
「とにかく、人それぞれの、その人だけの色になるんです」
「そうですか」
アメリアは青いバラを嬉しそうな表情で胸元にかかえた。
「みんなもきっと喜びます」
「そうですか」
アメリアのお墨付きを得て、俺はほっとした。