379.薔薇の色
「陛下のご質問なのですが」
「え? ああ」
「絶対、という事はありませんが、ダークエルフの皆様は女性だとお聞きしてます」
「ああ、そうですね」
「女であれば――大抵は花に心ときめくものです」
「花、ですか」
なるほどと思った。
理由も感覚もわからないが、確かに女は花が好きだという話はよくきく。
「なんで花なんだろう」
「まず綺麗というのが大前提でしょう」
「なるほど」
「綺麗なだけで生活の役には立たない――もちろん、心の栄養にはなりますが」
アメリアはにこり、と穏やかな微笑みを浮かべたまま続ける。
「その上」
「その上?」
「そこそこの値段がするのに、数日で枯れてしまう」
「まあ、植物だし……」
「綺麗だけど、役には立たないし数日で枯れてダメになってしまう。ある意味宝石以上の贅沢品とも言えます」
「なるほど……宝石は壊さない限りはずっとあるもんな。しかもいざって時はお金に換えられる」
『うむ、地方や風習によるが、嫁入り道具や結納――持たせる側は様々だが、そういった物を花嫁に持たせるのは「最後の砦」だという意味合いがあるときいたな』
ラードーンが心の中で宝石について補足してきた。
宝石はやはり価値がある、それが分かれば分かるほど、一瞬の消耗品である花の贅沢品ッぷりが際立ってしまう。
が、それは言い換えれば。
「花を喜ぶ理由が少し分かってきた気がするよ」
「絶対ということはありませんが、花であれば外れも少ないでしょう」
「そうか、なら花にしよう」
「それがいいと思います」
「うーん、それはいいんだけど、問題は……」
「何かご不明な点が?」
眉間がくっつくくらいに、自分でも分かるほどの困った顔をしていると、アメリアがキョトン、と首をかしげてきいてきた。
「ああいや、どういう花が綺麗なのかが分からないんだ」
「それでしたら、女に贈る綺麗な花、という形でブルーノ様に注文されては?」
「え?」
「え?」
驚く俺。
俺が驚いたことにアメリアもびっくりしてた。
「な、何か変な事をいってしまったでしょうか」
「あっいや、アメリアさんは悪くないんだ。作ろうとおもってて……兄さんに頼むって発想がなかったからびっくりしたんだ」
「作る……ですか? 花を?」
俺の答えに、アメリアはますます戸惑ったような表情をみせた。
「ああ」
「花を……ですか?」
「ただの花だったらアメリアさんの言うとおり兄さんに頼めばいい。でもできればより綺麗なのを作った方が喜ぶんじゃないかって……もしかしてそんな事なかったかな? 花は変な事をしないで定番が一番いい……とか?」
言いながら、俺は不安になった。
花の事はよく分からない、だがアメリアが不思議がったことで不安になった。
花の事はよく分からないけど、奇をてらわずに基本が一番なのはどの領域にも通じる話だし、魔法もそうだし。
もしかしてそうなのかも知れないと、おそるおそるアメリアにきいた。
すると、アメリアは一瞬きょとんとした後、口元を押さえてクスッと笑った。
「さすが陛下です」
「えっと……ってことは?」
「そうですね、陛下がわざわざ作って下さったものならきっと皆も喜びます……ええ、私だったら」
アメリアの言葉尻が何故か聞き取れないくらい小さなものだったが、みんなが喜ぶ、という事で間違いないみたいだ。
「じゃあなにか作っていいの?」
「はい、そう思います」
「だったら……なにがいいんだろう」
つくっていい、というのは分かったけど、それが分かったところで大元の悩みである「何をつくったらいいのか」が分からないままだ。
「陛下が作ったものなら、きっと何でも喜ばれますが――」
「が?」
「バラなどが定番ではないでしょうか。女に贈る花としては」
「あ、そうかもしれない」
それはきいたことがある。
だから俺はなるほど、と思った。
「バラ、か」
何となく、シーラの事を思い出した。
「クリムゾンローゼ……いや、あの色はどうだろう」
「シーラ様ですか? 真紅のバラは悪くないと思います」
「そうなのか?」
「はい。普通のバラではない、鮮やかな色合いが素敵だと思います。あるいは」
「あるいは?」
「今までになかった色のバラなら」
「今までになかった色?」
「はい」
「なるほど……そうか、作るって考えたら今までにないっていうのはありか」
「それにシーラ様には真紅の薔薇がお似合いですが、皆が必ずしも真紅がにあうとは限りませんから」
「……にあうとかも考えるのか」
「はい、考慮の一つとして」
「……そうか」
なんか難しいな。
それぞれににあう色を考え出したら途端に、とてつもなく難しい事のように思えてきた。
『ふふっ。何がほしいのか本人達に聞けばいいではないか。まあ、それだとそもそもの話になるがな』
「ああ」
俺は苦笑いした。
たしかにそもそもの話だ。
『口で聞くのが難しいのなら魔法で聞き出すのはどうだ? 精神操作系の魔法で簡単に欲しいものを聞き出せるだろ』
「いやそれも――むっ!」
『どうした』
「そうか、その手があったか!」
ラードーンの半分からかいの突っ込みがものすごくいいヒントになった。