378.魅力的な男
保存食の話が一段落して、俺が自宅である宮殿に戻ってきたのは日が沈みかけた夕方頃の事だった。
考え事をしながら宮殿に入ると、身の回りの世話を色々やってくれているエルフメイドが俺を出迎えた。
「お帰りなさいませご主人様」
「ただいま」
「ご主人様、アメリア様がお見えですが、いかがなさいますか?」
「え? アメリアさんが?」
玄関からこのまま自分の部屋に戻ろうとした俺だが、エルフメイドの言葉で足を止めた。
少し考えて、エルフメイドに聞く。
「アメリアさんが俺を訪ねてくるのは珍しいな……どこだ?」
「応接間にお通ししてます」
「分かった。あっ、あとでお茶を出してくれ、兄さんからもらった一番いいやつを」
「かしこまりました」
エルフメイドと別れて、一直線に応接間に向かう。
一応、宮殿だから応接間はいくつかあるが、基本的にそこまで来客がかぶることはないから、今の所複数ある内のひとつしか使っていない。
その応接間に入ると、ソファーに座っているアメリアが俺を見て立ち上がった。
「陛下」
「どうしたんですかアメリアさん――ああ、どうぞ座って」
ジェスチャーでアメリアに座るように促して、俺もソファーの所にむかっていき、彼女の向かいに座った。
俺に促されても、アメリアは立ったままで、俺が座るのを待ってから座った。
「実は、新曲を作ったのです」
「新曲!」
「それでよろしかったら陛下に聞いていただけないかと」
「アメリアさんの新曲ってことか? だったら是非聴かせてほしい!」
俺が言うと、アメリアはぱあぁ、と顔が一気にほころんだ。
「聞いてほしい」と言ってきたのを「是非聴かせてくれ」と返された分の嬉しさって事なんだろう。
アメリアはすっくと立ち上がった。
そのまま胸にそっと手を当てて、息を整えた。
あれ? 琴はどこだ――と、思った瞬間だった。
伴奏無しに歌い出したアメリア、その歌声に脳天をがつんと殴られたような衝撃をおぼえた。
伴奏などいらない、いやあっては逆に邪魔になる。
それほど力強い歌い出しから始まったアメリアの歌。
出だしでがつんと殴られて上体がのけぞって、その後我に返って、食い入るように前のめりになって……身を乗り出しそうなくらいの勢いで歌を聴く。
今までのに――簡易版の蓄音石の限界と比べても短い曲だが、聴き終えた後の満足度は今までで一番のものだった。
余韻がいつまでも残る中、気がつけば俺は拍手をしていた。
「すごい、すごいよアメリアさん。こんなすごい曲初めてだ」
「ありがとうございます……」
うれし恥ずかし、といった感じでアメリアは頬を染め、うつむいてしまった。
「いや、本当にすごいなアメリアさん。今まで聴いてたなかで一番の歌だよ」
「そんな……」
「何かあったんですか? ああいや、歌のことは俺まったくのド素人だから分からないけど、なんだろ……アメリアさんは元からすごいからもっとすごくなった、よく言う『壁を突き破った』ってやつなのか?」
「そんなだいそれたものじゃないです。ただ……」
「ただ?」
「陛下がよくしてくださったおかげで、常に陛下のことを考えて、新しい曲を考える時間が以前よりも増えたからなのかもしれません」
「ふうむ……なるほど?」
それでいい曲ができるのか? と思ったが。
『お前だって一日中魔法のことだけを考えてれば新しいものも思いつこう? そういうことにしてやれ』
ラードーンが珍しくちょっと違うトーンの、呆れた感じの口調で指摘してきた。
「あー……」
なるほどと思った。
確かに俺も一日中、朝から晩まで魔法のことを考えてたら新しい魔法のことは思いつくか。
アメリアの歌の才能は俺なんかよりもずっと上だから、同じことをやればあれくらいすごい歌を作れて当然ってもんだろう。
それを思いつけなかったのだから、ラードーンに呆れられてもしょうがない。
『……』
「でも……よかった。陛下に気に入ってもらえて嬉しいです」
「嬉しい……」
「どうしたんですか、陛下」
「ああいや、丁度ちらっとその事を考えていたんだ」
俺は少し考えた。
本当はアメリアにいうことじゃないかもしれないが、丁度いい機会かもしれない、とも思った。
「アメリアさんは何か希望はありますか?」
「希望、ですか?」
「ああ、実は最近、グレース達ダークエルフに負担を必要以上に掛けてるようなきがして」
俺はここ最近のことを一からアメリアに説明した。
シーラに提供する兵器に食糧。
それらは結局、俺が発明してダークエルフ達が作る、という形になってる。
作るものもかなり大量になることもあって、ダークエルフ達にめちゃくちゃ負担がかかってるんじゃないか、ってちょっとだけ不安になった。
「俺って結局魔法のことを思いついたらやりたくなってしまうんだ。思いついた直後は特に『やらなきゃ!』ってことで頭がいっぱいになってしまう。後になって今のように負担を掛けてるんじゃないかって思うこともあるけど、その時その時はいつもそう」
「……」
「意識はするけど、それは多分なおらない。だからせめて、後から何かで補償しなきゃ、やりたい事欲しいものを何とかしてあげなきゃ……って帰り道にずっと考えてたんだ」
「そうでしたか」
「本当はそうならないように、暴走しないように気をつければいいんだけど」
「ふふっ」
「え?」
ちょっとびっくりした。
アメリアが何故か、ラードーンを彷彿とさせるような笑い方――微笑みを浮かべていたのだ。
「母が昔いっていました。仕事などに夢中になるのは殿方の特有の現象で、そういった殿方はとても素敵に映るのだと」
「はあ」
「陛下も、とても素敵で魅力的だと思います」
アメリアにそんな事をいわれて、思わずどきっとした。