374.成功と失敗
翌日、宮殿の中庭。
俺の前にダークエルフ達が集まっていた。
グレースを筆頭に、この国に逃れてきたダークエルフ達が全員集まっていた。
「待たせてすまない。全員がその魔法を習得した」
「何か問題はなかったか?」
「大丈夫だ。保護してもらった恩を返せるチャンスだったからみなやる気満々だ」
そう話すグレースの後ろにいるダークエルフ達は、彼女の言葉通り前向きで瞳に強い光をたたえていた。
自己申告通りやる気に満ちている感じだ。
「恩を返すとか無理しなくてもいいんだぞ」
「無理はしていない! 皆がそうしたいのだ」
グレースの言葉に、これまたダークエルフ達が「そうだそうだ」と言わんばかりの勢いで追従した。
そういうことならば……と俺は少しホッとした。
昨夜、新しい魔法をゲームブックの形にして、グレースに渡した。
手を貸してほしい、そのためにはこの魔法を覚えてほしい、といったらグレースは二つ返事どころか食い気味でひきうけた。
そして一晩あけて、こうしてダークエルフの同族をつれてここにやってきた訳だ。
「それで、私達は何をすればいい」
「ああ、まずは――レイナ」
宮殿のほうに向かって合図を送ると、今度はレイナが同族のメイドエルフ達を引き連れて現われた。
あらかじめ用意をさせたもの、大きなタル数個、小さなコップを数百個という単位で台車に載せて運んできた。
メイドエルフ達はそれを俺達の前に運んできた。
「こちらでよろしいでしょうか、ご主人様」
「ああ。説明する間全部に注いでってくれ」
「かしこまりました」
応じるレイナ、そのまま同族のメイドエルフ達を率いて樽の中身をコップに注ぎ始めた。
「それは……リンゴのジュース、か?」
不思議がるダークエルフ達。
グレースは鼻をスン、とならして、そう聞いてきた。
コップに注がれる液体から放たれる芳醇な香り、それは子供でもわかるほどわかりやすい香り。
絞りたての林檎のジュースだ。
「ああ、レイナ達に絞ってもらった」
「これを?」
「そう、それをあの魔法で保存する形で閉じ込めてほしい。まずは一通り結果をみてみたいんだ」
「わかった。みんな、やるぞ」
グレースが号令をかけた。
ダークエルフ達は意気込んで、メイドエルフたちがそそいだ林檎のジュースを片っ端からもらって、それに魔法をかけていった。
コップの林檎ジュースに魔法をかけると、コップの外側を包み込む立方体の箱になった。
グレースを筆頭に、ダークエルフ達は次々と魔法に成功した。
「これでいいか?」
「ああ、ばっちりだ」
「――!」
俺にそう言われたグレースは嬉しそうに顔をほころばせた。
他のダークエルフ達も同じ表情をした。
嬉しそうになって、更に作っていくダークエルフ達。
それを見守って、数えて。
300個くらいに成ったところでいったん待ったをかけた。
「よし、とりあえずそこまで」
「もういいのか?」
グレースが聞いてきた。
「いろいろとチェックしたい――【ダストボックス】」
魔法を唱えて、異次元空間を開く。
「みんな、この中にいれるの手伝ってくれ」
「それなら任せてくれ。やるぞみんな」
俺が手伝おうとするのをとめて、ダークエルフ達が「ジュースの箱」を次々と【ダストボックス】の中に入れていく。
全部いれ終わった後、全員が何か言ってほしそうに俺を見つめてきた。
『ねぎらってやれ。わかってるとは思うが』
「ありがとうみんな、助かった」
実はちょっとうっかりしかけた――と、心の中にいるラードーンにこっそり感謝の気持ちを贈りつつ、ダークエルフ達にお礼をいった。
言われたダークエルフ達は全員――例外なく本当に全員嬉しそうな顔をした。
「この後なにをしたらいいでしょう、ご主人様」
レイナが横から聞いてきた。
そっちをむくと、レイナはそれほどではないが、他のメイドエルフ達の多くが「自分達にも」って顔をしている。
「みんなもありがとう。しばらくは結果待ちだ」
「結果待ち、ですか?」
「ああ、この【ダストボックス】の中においたものは、一日が一年分くらい速く時間がすぎる」
「はい」
「ってことは大体4分くらいで一日分になる。300個ちょっとくらい作っていれたから、四分おき、つまり――」
「一日おきに一つ取り出して様子見、ですね」
「そういうことだ」
「さすがですご主人様」
レイナが俺をほめた。
途中までどういう事なのかと不思議がっていたグレースたちダークエルフ勢も、レイナの半ば説明のような言葉で理解した。
「そうか……そっちでも時間短縮をしているのか。やはりすごいな……」
「こういう効果が長期間のヤツをチェックするのは久しぶりだから上手くいってくれるといいんだが」
俺はそういい、すこし待った。
メイドエルフとダークエルフ、両方合わせて100人近いみんなと一緒に待った。
宣言通り、4分つまり一日ごとにジュースを一つ取り出す。
取り出した箱を開けて、中身のジュースをチェックする。
ジュースにしたのは、腐っていたら匂いでも見た目でもわかりやすいし、その実験のためのものも集めやすいし後始末もしやすいからだ。
そのジュースを4分ごとに一つ開けていく。
7個目のあたりでジュースがジュースなままなことにダークエルフ達はひそかに歓喜した。
保存する、という魔法の効果がちゃんとでているからだ。
が、その喜びは長くはつづかなかった。
「こ、これも……」
一時間すぎたあたりから――つまり3週間近く経ったあたりで、ジュースが全部くさってしまっていた。