373.技術が高度すぎる
ブルーノとスカーレットは箱の飯を試食した。
飯を箱に入れて持ち運んだ――という、一見して弁当箱のような感じのそれだが、それにしては湯気が立ち上っていておいしそうに見える。
リアムになる前の人生を入れても、「温かい弁当」というのを食べた記憶はない。
弁当はつくってどこかに持っていくもので、もっていってすぐに食べるものじゃない。
食べるときは冷めてるのが普通だ。
熱々の弁当。
自分で作っといて、それがものすごく不思議なものに感じた。
俺のそんな気分など知るよしもなく、二人は「一年前の弁当」を試食した。
「……おいしい」
「とても昨日の――いや、作って一年おいたものだとは思えない」
「さすがは主!」
感心するブルーノに、感動するスカーレット。
二人の反応をみて、俺は成功した事を確信する。
「陛下はどのようにこれを作られたのでしょうか」
「【タイムストップ】の応用だよ」
「タイム……」
「ストップ……」
ブルーノとスカーレットは互いをみくらべ、眉をひそめた。
そんな二人の反応に俺は首をかしげた。
何か理解できなかったのか? と不思議がる。
【タイムストップ】の魔法の事は、ブルーノやスカーレットだったら知っているはずなのだが。
もしや魔法そのものじゃなくて使った理由か? そう思い二人に説明をする。
「食べ物が腐るってのはいろんな理屈が絡んでるだろうけど、とどのつまりは『時間経過』したからだと思って、それで箱の中に【タイムストップ】の劣化版というか、廉価版というか、そういうのを掛けたんだ。世界中をまるっと止めるには全魔力をかけてても数秒程度しかできないけど、この小さな箱だったら箱そのものを開けない限りはいつまでも止めていられるから、開けない限りは腐らないし冷めない訳だ」
「いえ! そういうことではなく」
スカーレットは困った表情になった。
よく見るとブルーノも同じような感じの顔だ。
そういうことじゃないって、じゃあどういう事だ?
俺はますます不思議がって、二人が困ったことで俺もまた困ってしまった。
二人は視線を交換して、頷き合って。
ブルーノが代表して、って感じで俺に伝えてきた。
「素晴らしいお考えです陛下。ものとしては完璧です。弁当箱――つまりは箱という形なのも、運搬・輸送が楽になるので最高と言えるでしょう」
「じゃあ……何を困ってたんだ?」
「その……大魔法【タイムストップ】を簡単にしたとはいえ、その魔法は陛下以外のものに使えそうでしょうか……」
ブルーノはおそるおそる、って感じで、更に顔色をうかがうような感じで聞いてくる。
スカーレットもまったく同じ顔だ。
「……むっ」
二人の指摘で、俺も理解した。
ものはいい、使い道に対しては完璧と言っていい。
問題は作ること。
「話はきいています、主がシーラ様に授ける魔剣を作っていらっしゃることを」
「……ああ」
「シーラ様の魔剣は一振り、ですので、主が全身全霊をこめて作りあげることになにも問題はない」
「しかし食糧――この時間を止める弁当箱は量産しなければならないもの。この国の状況を考えればダークエルフ達の出番となるかと思いますが……」
「……ああ、グレース達にはこれはちょっと厳しいかもしれない」
グレース達ダークエルフは加入してまだ日が浅いが、得意とすることが魔法なだけに、俺は既に彼女達の特性と実力をほぼ完璧に把握出来ていた。
廉価版とはいえ【タイムストップ】だ、ダークエルフ達には荷が勝ちすぎているのかもしれない。
「そっか……たしかにこれはダメだな」
例の「100万本の矢」はまだいいが、毎日大量に消費される食糧を俺一人が作り続けるというわけには行かない。
二人の言う通り、ものはいいが実用的な問題がある。
「【タイムストップ】がベースだと……だめだ、現状だとどんなに小さくしても、最適化してもダークエルフ達にはむりだろうな。別の方法を考えるしかないか」
「……時に陛下」
「うん? なんだ兄さん」
「愚見ですが、永遠に止める必要はないのではありませんか?」
「どういうことだ?」
「此度の話、つまるところは保存食の話であると理解しております」
「ああ、そうだな」
「いつかは消費してしまうのが保存食、芸術作品であれば永遠に保存する形も必要となるでしょうが、保存食ならば――」
「そうか! 一年、いや三年くらいか。三年間腐らなければいい訳だ」
「はい」
「それなら……行けるぞ!」
ブルーノのアドバイスで、俺はグレース達ダークエルフ達にもできそうな形。
時間を止めるのではなく、「小さくて閉ざされた空間で時間の流れを遅くする」という形の魔法を考えた。
その形ならダークエルフ達にもできそうだと思ったのだった。