369.ラードーンの提案
「あっさりなんだな。形としては人間の敵になるのに」
「悪名は無名に勝るといいますわ。わたくしの価値観ではいかなるデメリットがあろうとも無名よりは悪名をとる、ということですわ」
「なるほど」
なんだか分かってしまった。
共感、出来てしまった。
「むしろ」
「え?」
「かなりの大役、わたくしでよろしいんですの?」
シーラに逆に聞き返されて、一瞬だけ戸惑った。
本当に一瞬だけだった。
本当にいいのか? に対しての答えが。
まるで、天啓のように降りてきた。
「たしかにみんなに言われてそうしたけど、いま改めてシーラしかないって思った」
「どうしてですの?」
「シーラは似てるんだ……俺に」
「あなたに?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
天啓のように降りてきた瞬間のその感覚が、後付けだけど「これしかない」って感じの理由が付け加えられる。
「シーラは自分のほしいものがちゃんと分かってる」
「ええ」
「それ以外の事はどうでもいいって思ってる」
「そうですわね。ふふっ、魔王に魂を売ろうとしてるくらいですものね」
『ふふっ、面白い言い回しをする』
シーラの言葉をラードーンは気に入ったようだ。
たまに俺にするときと同じ反応で――俺と同じ。
「俺もそうだ。魔法以外の事は割と……たぶん、どうでもいいって思ってるかもしれない」
「……そのくくり方であればそうですわね」
「だからわかりやすいし、信用できる。シーラにとっては『魔王』の称号に価値はないんだろ?」
「そうですわね、わたくしの価値観では男爵いかですわ」
強いていえば、と最後に付け加えたシーラ。
その感じもまた、実に彼女らしかった。
「たぶんだけど、シーラは何があっても俺の敵にはならないんじゃないかな、っておもった。いや、ちょこちょこ襲いかかられるだろうけど」
「そうですわね、あなたとは決定的に対立することはありませんわね。そして」
「そして?」
「番うこともたぶんありませんわ」
「つがう……」
「結婚すると言うことですわ」
「ああ……」
確かに、とこれも納得した。
「たしかに、それはないな」
「ですわね」
だけど付き合いは長くなりそうだ――とは、なんか当たり前過ぎて、シーラもきっと思っているだろうって感じた。
言わなくてもいいか、と思った。
「じゃあ最終確認するが、傀儡皇帝の話」
「ええ、つつしんで」
「頼む」
俺がそう言って、シーラが微笑んで受け入れて。
それで話がすんだ――その瞬間。
俺の体が光って、中からラードーンが出てきた。
光が溢れて、粒子が広がって、集まって、ラードーンの少女っぽい肉体を形成する。
「ラードーン。何か気になる事があったのか?」
「うむ」
ラードーンは頷き、うっすらと微笑んだままシーラのほうをむいた。
「我からも確認だ。その決定は生涯覆せぬ咎となるぞ」
「ええ、退路など必要ないですわ」
「そうか」
ラードーンは静かに応じて、今度は俺の方を向いた。
「お前にも聞こう。悪名をもう少し背負うつもりはないか?」
そう聞いてくるラードーンはいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。
シーラに質問を、確認をした時に比べてかなり意地悪な質問だった。
こういう時のラードーンがほしがる答えは、付き合いの長さでなんとなく分かるようになってきたし、そもそもそれはなにも問題ない事だ。
「魔法に何か影響が出るのか?」
「まったく」
「だったら問題ない」
唯一の懸念点をラードーンが即答したから、俺も即答で応じた。
ラードーンはますます愉しげに笑った。
「ふふっ、そうか」
「なんでそんな事を聞くんだ?」
「うむ、我もそれはさほど得意ではないが、お前よりは幾分かましだ」
「それってなんのことだ?」
「ストーリーを、人間で言うところの『絵図を引く』類の話だ」
「ストーリー……絵図。ゲームブックの事か」
「それでお前が向いてないと分かったが、それとは直接関係ない」
「なるほど」
じゃあなんの事だ? と首をかしげる。
「そうだな……名付けて魔剣リアム、といった所か」
「魔剣……」
「リアム?」
どういう事だろうと、俺とシーラは顔を見比べて、ほぼ同時に首をかしげ合った。