368.傀儡皇帝
『だから好きにやればよい。なあに、どうなろうが最終的にお前が心置きなく魔法に打ち込める状況は我が保証してやる』
「安心感がすごいな」
『だろう? ふふっ、我の実益もかねているのだからそうもなろう』
「うーん」
俺は考えた。
どうするべきかを考えた。
ガイとクリスをみた。
俺がラードーンと話していることは二人も分かっているから、こういう場合のいつものように何も言わずに、俺がつぎに話しかけるのをじっと待っている。
ラードーンが言ったことを考えれば、ガイとクリスが主張する「どっちが先に滅ぼすか競争」をさせてもいいんじゃないかって思う。
そうしようかな、と思いはじめたその時だった。
「ご主人様、よろしいでしょうか」
それまで黙っていたレイナが手を顔の横くらいの高さまで上げて、発言の許可を求めた。
「ああ、もちろんだ。なにかいい案があるのか?」
「ご主人様を差し置いていい案は僭越なのですが、現状の懸念点が一つございましたので」
「なんだ?」
「未だに、人間達が絶えずちょっかいを出し続けてくる現状こそが、一番の問題点だと考えます」
レイナがそう指摘すると、この場にいるほとんどの者達の表情がかわった。
ガイとクリスはストレートに怒りの表情になって、スカーレットとアルカードはやや顔がこわばって、アスナはなんといっていいやらって感じで苦笑いする。
俺は小さく頷いた。
「ああ、うん。確かにそれは問題だ」
「ガイとクリスがそれぞれジャミール王国とキスタドール王国の軍を迎撃し、返す刀で反攻することは難しい事ではありませんが、それでは状況は何も解決いたしません。新たにジャミール、キスタドール両国の統治者になる人間が同じことを繰り返す事は容易に想像がつきます」
「そうだな」
今までがそうだったから、きっとそれはまた起きるだろうな、というのが俺にでも分かる。
いい加減分かるようになった――という理解の仕方だがその分はっきりとわかった。
「それを踏まえてのご提案が一つございます」
「なんだ?」
「帝国の構想を止めるのではなく、こちらが乗っ取ってしまえばよろしいのではないか、と考えました」
「乗っ取る?」
「ジャミール王国、キスタドール王国――パルタ公国をまとめた帝国を、我が国の防波堤としてしまうのです」
「えっと……」
「それは効果的でしょう」
「『皇帝シーラ』なら二心を持つ事は無いでしょう」
スカーレットとアルカードがレイナの案に賛同したようだった。
俺はといえば、ガイとクリスと同じように、いまいち話がピンと来なくて、ちょっとだけ間抜けな顔をしてしまっていた。
「つまり……どういう事だ?」
「そのままの意味だよリアム」
アスナはさっきからずっとつづいている苦笑いの表情のままいった。
「わかるのかアスナ」
「この国と隣接してる三つの国を帝国って形で統一して、シーラさんを皇帝にしちゃうってはなし」
「シーラを?」
「シーラさんならリアムの敵にならないでしょってこと」
「あー……」
なるほどそういうことか。
それは、うーん……どうなんだ?
☆
よく分からない事を俺が考えてもしょうがない。
魔法以外の事は全てわかる人に話して、わかる人の意見を聞く。
それがリアムになって、魔法が他の人よりもできる様になって、その分他の事はまったく出来ないおれがたどりついたスタンスだ。
この件に関してもそれは変わらない。
善は急げ、と、俺は契約シーラの屋敷にやってきた。
既に迎賓館ではなく専用の屋敷をもつ契約シーラは俺の訪問に驚きつつも応接間に通してくれた。
メイドの給仕のあと、応接間で二人っきりになってからシーラがきりだした。
「急にやってきて、何か起こったんですの?」
「おこったっていうか、ちょっと相談があるというか」
「なんですの? あらたまって。あなたの頼みならなんだって聞きますわよ」
「なんでも?」
俺はすこし驚いた。
何も聞かずにそんな安請け合いしていいのかと驚いた。
「ええ、もちろんですわ」
「……そうか」
「そんなに言いにくい事ですの?」
「実は相談したい事を簡単な言葉にまとめてもらったんだ。シーラ相手ならこの一言を投げつけた方が話が早いってことでまとめてもらったものなんだが……それがちょっとどうなのかって、さすがにおもってしまってな」
「まずお話しになって?」
「わかった――傀儡皇帝にならない?」
俺がいうと、契約シーラは予想通り驚きの表情にかわった。
これが、スカーレットとレイナが「まとめた一言」だ。
契約シーラ――シーラ相手ならこの一言で分かると二人はいった。
が、傀儡の言葉の意味は俺にもわかる。
わかりやすいかもしれないが悪い気もしてしまうかもしれないとおもった。
だから迷いながらそれをいった。
が、しかし。
「やりますわ」
俺の予想に反して、契約シーラは実にあっさりと受け入れたのだった。