366.しない限りは
『ふむ、やはり意識してはいなかったのか』
「本当なのかそれって」
『うむ。ことあるごとに、そして徐々に大きくなっていくのが見ていて楽しくてな』
「へー……」
驚きが収まって、へえそうなのか、と思った。
もともと「魂がおおきい」というのはほぼラードーンしか言ってないことで、あのあともほとんど口にしてなくて、付き合いが長くなったけどといっても一回か二回程度だった。
だから俺も、その話が完全に頭から抜け落ちてた。
それに加えてそもそもが「魂が大きい……?」という、よく分からない理由だった。
だから「お前は三倍成長した」という、三倍の所で一瞬驚きはしたものの、すぐにそれは収まって「で?」っていう感情になった。
が、その一方で。
俺はちょっとだけ考えて、ラードーンに聞く。
「魂があの時の三倍になったという事は――」
『ああ、無理だ』
ラードーンはきっぱりと、そして俺を遮る位の勢いでいってきた。
「まだ何も言ってないのに……聞きたい事がわかるのか?」
『この流れであれば当然だろうよ』
「あー……まあ、それもそっか」
俺は苦笑いした。
当然、と言われればそりゃ当然だなと俺もおもった。
俺が聞きたかったのは、魂が三倍になったってことは、デュポーンとピュトーンも俺の中にはいって、俺を依り代にすることができるのか? というものだ。
『我がお前の中に棲まうようになったきっかけ、それに加えてお前があやつらのための依り代を作っている最中』
「はは、当然だよな」
『うむ』
「で、当然無理、と」
『うむ。こればかりはな、お前がいかに強くなろうが大きくなろうが不可能だ』
「そうか」
『あやつらとは相容れぬよ。今こうしているのも奇跡に近い。…………まあ、アヤツの自制もあるのが業腹ではあるがな』
「アヤツって……どっち?」
『ピュトーンのほうだ』
「ピュトーンが何かをしてるのか?」
『我はお前のありように興味をもって、一緒にいる』
「ああ」
『デュポーンはお前の仔を孕みたいと、体を人間に寄せている』
「そういってるな」
『お前に求めるものがちがって、お前の側でいるポジションも異なるから取り合いにはならぬ。仮に我がお前の事をオス――いや男としてみて恋愛感情を抱いた暁は――』
「あ、暁は?」
ゴクリ、と。思わず生唾を飲んだ。
「恋愛感情を抱いた」という言葉の割にはホラーチックなニュアンスしかしないのが余計に怖かった。
『良くてどちらかが死ぬ』
「ええ!? わ、悪いとどうなるんだ?」
『巻き添えで地上のあらゆる生き物が死滅するだろうよ』
そう言い放ったラードーンは、最後に「くくっ」と、普段とは違うような笑い方を付け足した。
話の衝撃度を和らげるために付け足した笑いなのは何となく分かってしまったが、それが逆に怖さを足していた。
「なんでそんな事に」
『同じものをほしがれば奪い合いになるのは必然。もとより仲が悪いわけだからなあ』
「そうなるのか……」
『で、話をもどすとな……我がお前の生き様、デュポーンがお前の愛情をそれぞれ求めているから、ピュートンのヤツは後発であるが故に何も求めないペット――食客的なポジションに収まるようにした』
なんか本人が聞いたら怒るような評価が聞こえてきたけど……スルーした。
「そうだったのか」
『あやつがほしがるものを考えると、一つ間違えればデュポーンとバッティングしただろうな』
「……ああ、『寝る』」
『うむ』
なるほど、とちょっとだけ納得した。
そんな事になっていたのかと納得した。
『しかし……ふふっ』
「こんどは何だ?」
『我が以前に、数日で地上を統一した話はしたか?』
「え? ああ……すごくさらっと言われた記憶がある。何だっけ、気に入った子供の無邪気な要求に応えて――だっけ」
『うむ』
俺は微苦笑した。
それは本当に本当なのか、と思うようなおとぎ話のようなはなしだった。
かつてラードーンは一人の子供と友であった。
何の力も取り柄も無い、愛らしさと無邪気と無限の未来だけがあるただの子供だとラードーンはいった。
その子供の何気ない一言で、ラードーンは『じゃあ世界征服しとく』くらいの気軽さで、わずか数日で地上全ての国を攻め滅ぼした。
その「地上制覇」を子供に見せたあと、統治することもなく全てをなげだした――という話をきいた。
「それがどうしたんだ?」
『いまのお前なら、我ら三人の力を借りずとも、世界征服くらいはできるだろうとな』
「そうなのか?」
『うむ、よほど人間が一致団結しないかぎりはな』
「へー……」
そうなのか、と思った。
逆にそうなのか、程度だった。
『興味がなさそうだな』
「世界征服は別に……」
『ふふっ、そうか。ああ、そういえば』
「今度は何だ?」
また話が変わるのか、今日はコロコロ変わるなとおもった。
『その頃に手掛けた、魔導戦鎧の試作品で失敗作のものが最後の戦場にまだ残ってるかもしれんな』
「それどこにあるんだ!?」
『ふふっ、世界よりも失敗作の方がきになるのか。実にお前らしい』
「からかうなよ。どこにあるんだそれは」
『さてどこにあったかな……すこし時間をくれ、遙か大昔過ぎて記憶が曖昧なのでな』
ラードーンが考え込んで、俺はそれをまちながら、合金の仕上げにはいったが、そわそわして手につかなかった。
きになる、ラードーンがつくった最初期の失敗作がどういうもので、ラードーン的な「失敗」がどういうものなのか気になる。
世界なんかよりも、そっちの方がよほど気になった。
そうして、俺がラードーンの記憶が掘り起こされるのを待っているころ。
ジャミールとキスタドールの国王が半ば公然的にあって、会談をしていた。