362.うっかり強くした
次の日、宮殿の中庭にシーラを呼び出した。
この国に常駐していた契約シーラだったが、父親の一件で本人の元に「戻った」事もあって、再び契約シーラを常駐させるためにいったん本人がやってきた。
その本人、オリジナルのシーラと中庭で向き合った。
「なんですの、こんなところに」
「ちょっと渡したいものがあってさ」
「渡したいもの?」
「スカーレットのアドバイスで作ってみたんだけど――みんな」
向き合う俺とシーラの真横、宮殿の建物の方に向かって呼びかける。
すると魔導戦鎧を纏って兵士然とした男が五人、横一列に整列してこっちに向かってきた。
魔導戦鎧を纏った人間の兵士のように見えるが、全員がノーブルヴァンパイアだ。
この国の魔物の中見た目は一番人間っぽい種族だ。
日常生活を送っている分には、それが魔物である事を見抜ける者はほとんどいないだろう。
そんなノーブルヴァンパイアが魔導戦鎧を纏って現われて、俺とシーラの前で立ち止まって整列した。
「これは……?」
「バラをあしらった新しい魔導戦鎧だ」
「バラ……あ」
ハッとしたシーラ、今回もまた少し離れた所にうち捨てられている魔剣クリムゾンローゼの方をみた。
相変わらずぞんざいな扱いを受けている魔剣は、シーラがパッと視線を向けた瞬間刀身が波を打ったかのように光った。
さながら人間が「ビクッ」と身じろいだかのような反応にみえた。
「そういうことですの」
「ああ、クリムゾンローゼ――たしか真紅の薔薇って意味だって聞いた」
「ええ、そういう意味ですわ」
「クリムゾンローゼを振るうお前の親衛軍にバラをあしらった魔導戦鎧――こういうのも大事だとスカーレットからアドバイスをうけた」
「あの方のおっしゃる通りですわ、こういうのも『戦力』の一つですわ」
「そうか」
「これはいわばオーダーメイド、ということになりますわね」
「いわばというか、まあ、普通にオーダーメイドだ」
別にシーラが使わなければうちでそのまま使ってもいいけど、本来はシーラのためだけに作ったものだ。
「では、遠慮無くもらっていきますわ」
「ああ、そうしてくれ」
スカーレットのアドバイスが当って、俺の作ったものがちゃんと需要にあって受け入れられて。
それが満足感として伝わった。
「みんなありがとう、戻って魔導戦鎧をはずして、予備分も含めて予定通りパルタの方に送るようにしてくれ」
命じると、ノーブルヴァンパイア達は素直に宮殿の中にもどっていった。
その後ろ姿をシーラと一緒に見送った。
「改めてみると……目立ちますわね」
「バラだからな」
俺は「あはは」と笑った。
さすがにこれは俺にも分かる。
わざとというか、大げさに作ったからだ。
大げさにバラをモチーフにした鎧を着けた軍団、戦場だと目立つことこの上ないなというのは俺にも分かる。
「めちゃくちゃ目立つ方がいいんだろ?」
「ええ、なんならわたくし本人よりも目立った方がいいですわね」
「そりゃむずかしいな、無理とまでは言わないが」
「どうしてですの?」
「魔剣クリムゾンローゼを実際に振るうシーラ……その強さも込みでの目立ち具合を超えるのは中々に難しい」
「あら、お上手ですわね」
「いや普通に本音だ」
そう、本音だった。
純白のドレス姿で真紅の魔剣を振るい、圧倒的な速度で殺戮を繰り広げるシーラ。
しかもいまやパルタ大公という地位も得ている。
そんなシーラより目立つのを、魔導戦鎧一つでどうにかするのは中々に――いやかなり難しいと思った。
出来なくは無いが、なんとなく魔導戦鎧というものの「枠」からはみ出すような方法になりそうだとおもった。
「しかし……」
「うん? どうした」
「あれほど目立つのを見ていると、逆に目立たないのもいいと思ってしまいますわね」
「そんな事もあろうかと思って」
「え?」
「おーい」
俺は声を上げて、またまた宮殿の方に向かって呼びかけた。
バラの魔導戦鎧の時と同じような感じだ。
直後、バラの時と同じように、整列された規則正しい足音が響いた。
――が。
「……どこですの?」
シーラには見えていないようだ。
俺にも見えていない。
「見えないようにつくったんだ」
「見えないように」
「みんなじっとしてろ、害はないから」
俺はそう言って魔法を唱えた。
魔法陣が広がったあと、俺とシーラの前方の、その上空に局地的な雨雲が出来た。 局地的な雨雲は直径十メートルの狭い範囲に雨を降らせた。
すると――見えた。
さっきの五人と同じ場所で、透明になっている人型が雨に打たれる姿がみえた。
透明で見えないが、雨――水に打たれることでみえるようになった。
「こ、これは……っ」
「めちゃくちゃ目立つものと正反対の発想、めちゃくちゃ見えづらいものだよ。こういうものありなんじゃないかって思って先につくっといた」
「……すごいですわね」
「いや、魔導戦鎧の表に背後の景色を映して出してるだけだ。今まで【リアムネット】でやってた事を応用しただけだから大したことじゃない」
「そういう事ではありませんわ」
シーラはそういい、なぜか呆れた顔をしていた。
なんでだろうと俺はふしぎがった。
『なにかこそこそ作ってると思ったらこんなものをつくっていたのか』
ラードーンが口を挟んできた。
こっちも何故かちょっと呆れた感じ。
呆れ半分楽しさ半分、って感じの口調だ。
『お前は気づいていないが』
「うん?」
『透明の兵士だと「性能」が上がっているぞ?』
「……おおっ」
言われてみれば、と。
俺は手を叩いた後、やっちまったとちょっと苦笑いしてしまうのだった。