360.貴族に戻りたかった子
「しかし……貴族ってのは奥が深いもんだな」
「なんですのいきなり」
俺が急にしみじみとつぶやいたもんだから、契約シーラが不思議そうに聞いてきた。
「力があれば、ってのはなんとかわかるんだけど、屁理屈があればってのは本当に不思議だ」
「大義名分はご存じ?」
「え? ああ、まあ。言葉は」
「その大義名分の別名が屁理屈なんですのよ」
「ええ? いやそれはいくら何でも」
契約シーラの言葉に驚き、「そうなのか?」という視線をブルーノにむけた。
するとブルーノもかなり困った顔をして。
「いささか……その、極端ではございますが……」
と、口ごもりはしたものの否定はしなかった。
そういうものなのか、とますます感心した。
「そういえば、兄さんは【マジックミサイル】はいらないのか?」
「お心遣い、痛み入ります」
ブルーノは深々と頭をさげた。
「あって困るものではございませんが、私の場合なくとも問題はございません」
「そうなのか?」
「彼はあなたの兄ですもの」
契約シーラはニコニコ顔でいった。
「兄で、いまでも取引を続けている。目に見える強いつながりが二つもあれば、事実上あなたが後ろ盾になっているとみられますわ」
「ああ、なるほど」
「私はそういう風に見られるものがございませんの、ですから力を借りるという形を作っているのですわ」
「……って事は」
あごを摘まんで、うつむき加減の思案顔をする。
少し考えて、いった。
「シーラの所とも『つながり』があればいいのか?」
「理想はそうですわ」
「そうか」
「どうなさいますの? わたくしを人質にでもとりますの?」
契約シーラは楽しげにいった。
いたずらっぽい笑顔で、実に楽しそうな感じだ。
楽しそうに「人質」って言葉を口にするのが不思議だった。
「人質?」
「おそらくは政略結婚の事かと」
「ああ」
「閨で満足させるスキルはありませんが、立場によるつながりという意味ではこの身もそれなりに有用ですわよ」
「それもいいんだけど……」
冗談にも乗っからない、真顔で考え続ける俺。
そんな俺に目の前の二人は不思議がって、顔を見比べてしまう。
「ちょっと待ってくれ」
俺はそういい、【リアムネット】を呼びだした。
その【リアムネット】の機能をつかって、目当ての人物を呼び出した。
しばらくして、俺達三人の目の前に、宙に浮かぶ窓のようなものが現われた。
半透明のガラスのようなものの上に一人の少女の上半身の姿が現われた。
アスナだった。
【リアムネット】の機能の一つ。
使えるようにした人間が、【リアムネット】の都市魔法というつながりを通して、離れた場所でその時の見た目と声を届けあうことが出来る機能だ。
それをやることで、離れていても目の前にいるときと同じ感じで会話が出来る。
『ごめん待たしちゃて、どうしたのリアム』
「急でわるい、アスナにいくつか聞きたい事があるんだけど」
『なに?』
「アスナって確か元貴族だよな」
『うん、アスナ・アクアエイジ。十代前までは貴族だったんだよ』
「貴族に戻りたいって思ってる?」
『前はね』
アスナはあっけらかんと言い放った。
「前は?」
『うん、なんか貴族ってすごいし、格好いいし、戻れるものなら戻りたいって前は思ってたけど、いまはもういいかなって』
「なんで?」
『貴族なんかよりもリアムの方がずっとすごいし、リアムの側にいる人も貴族くらいすごいし。それを見てきたから貴族は別にいいかなって』
「そうなのか」
そんな風に思ってたのは知らなかった。
『なんでそんな事を聞くの?』
「貴族になってもらえないかなっておもってな」
『貴族に……なってもらえないか?』
俺のいい方に引っかかったアスナ。
ならないか? じゃなくて、なってもらえないか?
確かにそこが持ちかけた話で普通と違う所だし、今回の話の一番肝な部分だ。
ラードーンのアドバイスから連想したものだった。
ラードーンは最近シーラがやったことは? というアドバイスをした。
それでまずシーラに話を持ちかけて、いったん話はまとまったが、新しい話でもやっぱり「シーラがやったこと」と繋がった。
シーラはそれまでまったく関係のなかったパルタ大公の位をのっとった。
つまりまったく関係のない人間でも貴族の位を継げるってことだ。
そして契約シーラ自身、「人質」って言葉を口にした。
それは実際に結婚の話だった。
つまり、人質じゃなくても人をやってつながりを保つというやり方はアリだって事だ。
その二つの事を組み合わせて、誰かをシーラの元に派遣して、貴族にするというやり方はありなはずだとおもった。
我ながら破綻している理屈だが、ここでも契約シーラの言葉がきいた。
屁理屈。
破綻しているけど、屁理屈として押し通せない事もない――とおもった。
だからアスナに話を持ちかけた。
この国にいる数少ない人間で、出会った時は「貴族に戻りたい」というような事を言っていたアスナに話を持ちかけた。
その事を、簡潔にアスナに説明した。
「どうかな」
『そういうことならいくよ』
「いいのか?」
『もう貴族には興味ないけど、リアムの力になれるんならいく』
「そうか、助かる」
『でもいいの? 貴族ってそんなに簡単にくれっていってなれるもん?』
「それは――」
「大歓迎ですわ」
俺とアスナのやり取りを黙って聞いていた契約シーラが口を開く。
言葉通り、表情は笑顔だ。
「大歓迎、なのか?」
頼めば、あるいは10万本の【マジックミサイル】と引き換えにすればいける、位にはおもっていたけど、「大歓迎」という言葉が出てくるのはちょっと予想外だった。
「ええ、もちろんですわ。あなたとよりつながりをもてる、政治的なつながりをもてるのはわたくしにはメリットしかありませんわ」
「そんなにか」
「ええ、その証拠――」
そういって、ポン、と契約シーラは消えた。
「え? 消えた? どういうことだ」
『すぐにでも本体に報告したいほどの甘い果実だということだろう』
「ああ……」
ラードーンの説明でなるほどとなっとくした。
いやいやじゃなくて前向きに。
提案がいい方向に転がっていきそうで俺はほっとした。