36.どこでも自宅
「アナザーワールド」
林の中で、魔法を使う。
現われた別世界に繋がる扉をくぐって、中に入る。
そこには一枚のジャミール銀貨があった。
拾い上げて、見つめる。
インクでつけた印があった。
一分くらい前に、同じようにアナザーワールドを開いて、置いてきたジャミール銀貨そのものだ。
二回のアナザーワールド、中に置いたものが、そのまま残っている。
「やっと、マスターしたか」
俺は嬉しくなった。
ここ数ヶ月、100回近く味わってきた達成感だが、いつ味わってもいいものだ。
それが憧れの魔法をマスターする、という事ならなおさらだ。
俺は銀貨をじっと見つめた。
アナザーワールド、マスターしていない状態では、中に入ってるものは新しくアナザーワールドを使う度に消滅する。
マスターすれば、逆に中においたものがそのままいつまでも残る。
これでようやく、アナザーワールドをもっと活用できる。
俺が思っている通りの使い方が出来そうだ。
マスターした瞬間、縦横共に二十メートルくらいに広がった空間の中を、ぐるっと一周して、空間の広さを把握した。
☆
街に出て、大工のところにやってきた。
ハミルトン家の息子だという事で、上客としてもてなされた。
ちなみに俺が男爵に叙されたことは、まだ街に広まりきってない。
普段付き合いのない職種だと、俺はまだ貴族の五男扱いだ。
もっともそれで問題はないから、あえて訂正はしなかった。
大工の店で、隅っこにある小さなテーブルで、熊みたいな男――ダリルと名乗った男と向き合って座っていた。
「それで、リアム様はなんのようで?」
「単刀直入に言う、家を建てて欲しい」
「えっと、貴族様のお屋敷を建てた事なんてないんだけど……」
ダリルは申し訳なさそうな顔をした。
自分のような街大工には荷が重い、と遠回しに言っている。
「お屋敷じゃない、まずは普通の一軒家だ」
「はあ……それならまあ」
「とりあえず、なものだから。広さは10メートル四方、内装とかは任せる。とにかく急いで建てたい」
俺はそう言って、あらかじめ革袋に入れておいた金貨500枚をだした。
テーブルの上に置いて、口を開いて中を見せる。
黄金色の金貨が、まばゆい輝きを放っていた。
「これで足りるか?」
「も、もちろん」
ダリルは大喜びした。
「で、どこに建てるんで?」
「この店の裏に作業場があったよな、俺が注文したのが丸ごと入るくらいの」
「え? ああ、まあ……あそこなら確かに入りますが……」
「じゃあそこに造ってくれ」
「え?」
「無理か?」
「無理じゃないですけど……えっと……」
ダリルは困った。
一体どういう事なのかと、そういう顔をする。
「基礎とかいいから。家に見える、テントみたいなもの。そういう感覚で造ってくれないか」
「……わかりました」
「ありがとう。早く欲しいから、急ぎでやってくれる?」
「基礎とかいらないってんなら、三日で。手の空いてる連中をかき集めてくる」
「そうか、よろしく頼む」
☆
三日後、俺は再びダリルの店にやってきた。
店の裏にある作業場に通されると、そこに真新しい「家」があった。
俺が注文したとおりの、ざっくり十メートル四方の、一階建ての平屋。
「どうですか?」
「中は?」
「どうぞ」
ドアをあけて、中に入る
玄関があって、あがってドアをあけるとリビングがあって。
いくつものドアがあって、開けるとそれぞれ寝室やらキッチンやらに繋がっている。
トイレも風呂場もちゃんとあって、普通に家だ。
「うん、バッチリだ」
「これをどうするんで?」
俺は無言でにこっと笑い、外にでた。
ダリルも外に付いてきた。
「アイテムボックス」
何でもはいってしまうアイテムボックスを使う。
箱がでてきて、そこに建ててもらった家を入れた。
「えええ!? な、なんですか今の。家は?」
「魔法だ、この中に入ってる」
「魔法!? はあ……魔法ってすごいんですね」
ダリルは感嘆したあと。
「あっ、そっか。だからテントって感じなのか。リアム様は魔法で持ち歩けるから」
俺は無言で、ニコッと笑うだけで返事をした。
それは半分くらいしか正しくないが、あえて指摘することでもない。
☆
店を出て、その辺の路地裏に入った。
「アナザーワールド」
異空間を開いて、中に入る。
「アイテムボックス」
そして何でも収納できる箱を出して、その中から家をだす。
さっきまでダリルの店の裏にあったあの家が、異空間にドン! と出現した。
アイテムボックスを活用して、家を一瞬でここに移した。
俺はそれを置いて、アナザーワールドを出た。
一旦消して、裏路地を出て、屋敷に戻る。
いつもの林にやってきてから、再びアナザーワールドを開く。
中に入ると――あの家があった。
家の中に入る、リビングがあって、キッチンや寝室、トイレに風呂場が普通にあるあの家だ。
もう一度アイテムボックスを出して、ストックしていた水で風呂桶を満たす。
どことも繋がってないけど、生活に必要な水とか物資は簡単に持ち込める。
一度外に出て、屋敷を出て――街を出て――街道にやって来た。
最近通い出した、野獣を狩猟する時によく来る街道。
そこでアナザーワールドをとなえて、中に入る。
あの家があった。
「よし」
俺は小さくガッツポーズした。
完全にマスターしたアナザーワールドで、どこでも出入り出来る、自分の家が出来た。
それだけじゃない。
アナザーワールドの空間は、魔力が上がれば更に広がる。
もっと広げたら、屋敷とかも建てよう。
新しい目標もできたのだった。