359.力と屁理屈
応接間の中、テーブルを挟んで、「コ」の字で座る俺と契約シーラとブルーノ。
俺の右手側に契約シーラ、左手側にブルーノがいる。
契約シーラは悠然と構えていて、ブルーノは気持ち「縮こまって」俺と契約シーラの様子をうかがうような雰囲気を出している。
とりあえずは俺と契約シーラでの話になる、そう理解した俺は彼女に体ごと向いて、意識を集中した。
「あっさりいいって返事したけど、そんなでいいのか?」
「ええ、もちろんですわ。むしろ何を今更いっていますの?」
契約シーラはほんのり鼻白んだ。
「パルタ大公位の一件で他の貴族達が寝返ってわたくしについた、それが少し前にあったからわたくしに話を持ちかけたのではなくて?」
「いやそれはそうなんだが」
俺は微苦笑した。
「こんなにあっさりいいよって言われるとはおもわなかったもんで。だからたのんでおいてなんだけど……が正直な気分だ」
「それこそもちろんですわ」
契約シーラは脚を組み替えた。
ブルーノとちがって、俺と接するときも極端に下手にはでないシーラ。
おそらくは普段通りの、上品に脚を組み替える仕草は実に様になっていた。
「わたくしにはメリットしかない話ですもの」
「そうなのか?」
「ええ、むしろジャミール王国が何を悩んでいるのか理解できませんわ。あまりにも都合が良すぎるから毒エサにでも見えているのかしら」
「毒エサ……?」
「失礼ながら」
ブルーノは突如に、しかしそれでもやはり控えめに口を開く。
「プライドかと存じます。初動で陛下の事を魔王呼びしてしまったのがいまも尾を引いているのかと」
「そういえばそうでしたわね。それなら理屈はわかりますが……おろかですわね」
「……」
言うべき事をいった、と言わんばかりに、ブルーノは相づちさえも打たずに、また「引っ込んで」しまった。
「いまいち分からないけど」
「あなたとの関係を取り持つのに、父親はこの上なく太いパイプになるのに迷うのが馬鹿らしい、だったらわたくしがおいしくいただきますわ――という事ですわ」
「ああ、なるほど。すごいなシーラ、説明とたとえがわかりやすい」
「わかりやすい事態だからですわ、そしてだからこそあきれているのですわ」
「なるほどな」
一連の話が分かった。
同時に、契約シーラにとってそれはいやいやではなく、むしろ前向きに協力してくれる状況だという事もわかった。
「しかし……本当にいいのか?」
「なんですの? 短期間で話を繰り返すほど年を召していないでしょうに」
「いやいい方がわるかった。貴族のルール的にはいいのか? って意味だ」
言い直すと、契約シーラは「ああ」と納得顔をした。
「俺が持ちかけたのはいわば父さんにジャミールを裏切ってシーラのパルタに寝返らせるって事だろ?」
「ええ、そうですわね。ですが」
契約シーラはにやりと口角を持ち上げた。
「そんなものどうとでも言い訳がつきますわ」
「そうなのか?」
「ええ、なんならいまこの瞬間に十通りくらいは思いつきましてよ」
『ふふっ、魔法を話す時のお前の様なことを言う』
ラードーンが急に感想を口に出した。
俺になにかをいう訳ではなく、ただの感想だったから、俺は最低限の「相づち」だけをかえし、契約シーラに聞き返した。
「例えば?」
「わたくしは今以上に魔王に取り入りたい、将を射んと欲すればまず馬を射よ、だからその父親がほしい」
「ふむ」
「パルタでは三代ではなく永世として与える事ができる、実家を優遇することで魔王に恩が売れる」
「なるほどな」
「もう少し面白くするのが注文なら――そうですわね」
「どう面白くするんだ?」
「あなたはハミルトン家の継承権がありますわね」
「えっと……」
戸惑っていると、またまたブルーノが言ってきた。
「陛下の継承順位は第四位でございます、実務上ないものと見なされる事が多いですが、形式としてはお持ちでございます」
「なるほど」
まあ、一応は貴族家の四男だしそういうことになるのか。
「あなたの立場になって考えてみましょう。このままでは自分の代で没落が確定している」
「ああ」
「しかしそれはジャミールのルールがそうなっているだけ、ならば自分の継承権と請求権をもって、パルタ大公に代理としてたってもらう、代理継承戦争を起こしてもらう」
「そんな事ができるのか?」
「変化球を二つ重ねた結果ですわ。10に1つのケースを二つ重ねたら100に1つの稀なケースになってしまいましたが、理屈はとおっていますわ」
「へえそんなのでもいいのか。貴族ってのはもっとこう――」
こう、なんだろう。
俺の中での「貴族像」というものがある。
その貴族像にあまりそぐわないのははっきりとしているが、それが何なのか上手く言葉にできない。
そもそも俺自身「貴族ではない」。
いきなりリアムになっただけ、貴族の四男に転生してしまっただけ。
感覚ではいまでも貴族になじめない自分がいる。
だから貴族とは――というのがあまり上手く言葉に出来ない。
「ふふ、いい事を教えて差し上げますわ」
契約シーラは思いっきり楽しそうな表情でいった。
「貴族の成り立ちをご存じ?」
「成り立ち?」
「ええ」
「いや、わからん」
歴史の事か? だったら絶対に分かるはずないと素直にいった。
「貴族というのは、大元まで辿れば屁理屈を身につけた盗賊連中の事をさすのですわ」
「ええ!? そうなのか?」
「ええ、盗賊として『成功』して、土地と財力と兵力をもつようになって、その次に自分達を正当化するようになって。その時にいろいろ屁理屈を並べだしたのが最初ですわ」
「そうなのか兄さん」
「その……こう……いえ、はい」
ブルーノは答えに窮した。
まったく反論できないところをみると本当にそういうものなんだろうなとおもった。
「ですので、ちからがあって、屁理屈を並べることができれば何でもとおりますわ」
「そういうものなのか、面白いな」
「ふふ、それをすんなりと受け入れられるあなたはやはり面白い、すごい人ですわ」
「はは」
ちょっと面はゆかった。
面白いと思ったのは本当だが、それで持ち上げられるのはちょっと気恥ずかしい。
「えっと……じゃあ、そういう感じでおねがいできるか?」
「ええ、もちろんですわ」
契約シーラが楽しげな表情のまま頷く。
「なにか協力は必要か?」
「例の【マジックミサイル】を予定通り送って下されば」
「そんなのでいいのか?」
「屁理屈は考えますわ、だから通す力を」
「なるほど、わかった」
契約シーラがわかりやすい形にまとめてくれたから、これなら行けると俺はおもったのだった。