355.一冊だけでいい
よく晴れた昼下がり、宮殿の応接間。
俺とアメリア、そしてブルーノの三人でテーブルを囲っていた。
テーブルの上に三冊、ハードカバーでしつらえた表紙絵とタイトルのない本が平積みで置かれていた。
「とりあえず、アメリアさんから聞いた話を基に三冊作ってみた。……前の蓄音石と同じようにまずはお試しにって感じでいいのかな」
「もちろんでございます。陛下の力作お借りいたします」
「うん」
「恐縮ですが、こちらも商品名を頂戴出来ますでしょうか」
「ああ! じゃあ……『ゲームブック』、とか?」
ちょっと自信がなかった。
名前をつけるセンスがあるのかないのか自分ではわからなかった。
たぶんまあないだろうなとは思う。
だから簡単にわかりやすく、ド直球な名前にした。
それをおそるおそるブルーノに話した、が。
「承知致しました」
ブルーノからは異論は一切出ることなく、アメリア主導で作られた体験型の恋愛空間の魔導具を「ゲームブック」と名付けることになった。
「代金はいつものように――」
「あ、それなんだけど」
ブルーノの言葉を途中で遮って、いったんアメリアに視線を向けた。
アメリアは「???」と言う感じで小首を傾げた。
「その分の代金をアメリアさんにそのまま渡してくれ」
「私にですか!?」
「承知いたしました」
「お、お待ちください陛下。どうして私に?」
「こないだ聞いた話だよ。親御さんに自分の稼いだお金で親孝行したらめちゃくちゃ喜ばれたって」
「あ……」
「これの代金もそうするといいですよアメリアさん」
「ありがとう……ございます」
アメリアは微かにうつむき、嬉しそうにはにかんだ。
異論はないって事で、俺は再びブルーノの方をむいた。
「ということだから、頼んだよ兄さん」
「承知致しました……ご提案なのですが」
「うん?」
「アメリア様の歌の蓄音石、それを増産するのはいかがでしょうか。そうであればアメリア様により配当をお渡しすることが可能です」
「なるほど」
俺はうなずいた。
確かにそうだ。
蓄音石でアメリアの歌を広めようとはじめた頃は彼女が両親に親孝行をするという話を知らなかった。
搾取はしていなかったはずだが、意識して分配もしていない。
だが聞いてしまった以上、出来れば親孝行の手助けをしたいと思う。
俺は考えた。
俺の方でやらない理由は特に見当たらなかった。
改めてアメリアの方を向く。
「今の話どうですか?」
「は、はい! ありがとうございます!」
そうなると……大量に作りたいよな。
☆
ブルーノやアメリアと別れて、俺はグレースの所にやってきた。
街の中に出来た新しい住宅街のブロック。
新しく加わって、いまでも散発的に増え続けているバンシィ→ダークエルフ達の住宅街。
その中の一軒、グレースの家にやってきた。
俺の訪問に驚くグレースに、ブルーノの要求を話した。
「という訳なんだ。【マジックミサイル】のあれ以外でも、蓄音石の作製をたのめないかなって」
「あなたの頼みだからもちろん断らない……が」
「が?」
「出来るかどうか……」
「まずはやってみよう」
「わ、わかった……。あっ、たくさんつくるのだったな?」
「ああ」
「じゃあみんなを集める」
グレースはそういって、俺が返事するよりも早く家から飛び出していった。
ドアを閉める事さえも後回しにしてしまうほどの勢いで外に飛び出した。
しばらくして、閑静な住宅街がざわざわし出した。
俺が追いかけて外にでると、グレースがダークエルフを集結させて説明をしているのがみえた。
集めたダークエルフはざっくり二十人。
皆がグレースの説明に耳を傾けている。
俺はゆっくりと近づいた。
ダークエルフの一人が俺に気づいた視線を向けてきて、それにつられて全員が一斉に向いてきた。
俺に背中を向けた形で説明をしてたグレースも体ごとこっちを向いた。
「みんなに説明した、喜んでやってくれるそうだ」
「そうか、ありがとう」
「お礼などとんでもない! 助けられてからみな世話になりっぱなしだ」
グレースがそういって、ダークエルフ達が口々に「そうだそうだ」と附合した。
「力になれるのは嬉しいが、私達でいいのだろうか」
「この国にいる魔物たちだとダークエルフが一番、魔法の才能があって魔法に向いてるから」
「そ、そうなのか」
「というわけで――」
俺はそういって、一冊の本を取り出した。
ブルーノに渡したばかりの『ゲームブック』と同じ形の本だ。
それをダークエルフの皆によく見えるように突き出す。
「これは?」
「ゲームブックっていって、異空間になってて、中で魔法を覚えるサポートをするための魔導具だ」
「なるほど」
「まずはこれで魔法を覚えてくれ」
「それはいいけど……」
グレースは俺が持つゲームブックと俺の顔を交互に見比べた。
「一冊……しかないのか?」
「ああ、その事か。大丈夫、一冊で足りる」
「そうなのか?」
「試しにやってみてくれ」
「じゃあ私が……」
グレースはそういって、一応、って感じで他のダークエルフ達をぐるっと見回して、アイコンタクトで確認をとった。
ダークエルフ達は一斉に頷き、グレースに任せるという合意を得た。
「それじゃ……」
「ああ」
俺はゲームブックを渡す。
グレースがゲームブックを開くと、その瞬間、彼女の体が光に包まれて、本の中に吸い込まれていった。
ダークエルフ達がざわつく。
仲間が本の中に吸い込まれていく――というのは説明は聞いてても初めて実際に目の当たりにして動揺が走ったみたいだ。
普通ならここで説明をするところなんだが――次の瞬間。
光が溢れ、グレースが本から出てきた。
「ま、待たせた」
「いや、待ってないよ」
「え? いや、でも結構手間取って……」
「それがこのゲームブックのいいところ、一冊でいいってなった理由」
「……?」
「入ってから出るまで一分もなかったよ」
「なに!?」
仲間のダークエルフの説明を聞いて、グレースは驚く。
「中で二日はいたはずなのに……?」
「実時間は一分くらい。これで一冊だけでいい理由が分かっただろ?」
「す、すごい……」
グレースはそういい、心底感動したような顔をした。