354.アメリアの本心
「聞いたよダーリン、デートなんだって」
「ああ、必要らしいから」
「それも聞いた」
なるほど、と俺は思った。
普通ならある嫉妬がないのは、普通のデートじゃなくてアメリアが経験のためのデートだって知っているからなのかと納得した。
デュポーンはアメリアの顔をじっ、とのぞきこんだ。
神竜の一人、デュポーン。
そんな相手に至近距離からじっと見つめられて、アメリアは実に居心地が悪そうで、目をそらしそうになった。
「ふーん」
「どうしたんだ?」
「んーん、なんでもない。楽しんできてねダーリン」
「ああ」
アメリアの緊張とは実に対照的なデュポーンの気軽さ。
彼女は何事もなかったかのように、手を振って立ち去った。
デュポーンが見えなくなるのとほぼ同時に、アメリアの緊張がふっ、と緩和したのがはっきりと見て取れた。
緊張をまた呼び起こす事もなかろうと、俺はその事に触れないことにした。
「俺達もいこうか」
「……はい!」
☆
アメリアの案内で連れてこられたのは、街からかなり離れた所にある湖だった。
乗ってきた馬車を降りると、湖の桟橋に一隻の船が係留されているのがみえた。
それなりに大きな船だが、特徴的なのは船の上に小屋が――いや、庶民基準だと「家」が丸ごと一軒乗っかっているような、そんな船だ。
「日よけ船……?」
「屋形船です。中は宴会場のような造りで、貴人達が湖で行楽するためによく使われるものです」
「へえ、そういうのもあるのか」
「船の中で陸上と変わらない事ができる――というのが贅沢だとお聞きしてます」
「なるほど」
納得しつつ、アメリアの案内で船に向かっていた。
船にのって、「家」の中に入る。
アメリアの言う通り、中はちょっとしたパーティールームだった。
二十人くらいは入るパーティールームで、窓が普通の建物よりも大きめに造られて、湖上の景色がより見えるようになっている事以外は普通のパーティールームだ。
何も知らずに連れてこられたらとても船のなかだとは思わないような場所だった。
「こちらへどうぞ」
アメリアの誘導に従って、唯一設置されているテーブルに向かう。
イスが二つあって、その一つに座らされた。
俺が座るのを確認してから、アメリアは船の外に向かって合図を送った。
すると数人のエルフメイドが入ってきた。
エルフメイド達はテーブルの上にごちそうを並べていく。
アメリアも俺の横に座って、エルフメイド達のセッティングを見守る。
ごちそうのセッティングの間、船がゆっくりと動き出した。
「へえ……」
「陛――失礼しました。リ、リアムは、こういうのは初めてですか?」
慣れない呼び捨てで会話をしてくるアメリア。
会話をしながら、セッティングされたごちそうを俺に取り分けてくれたり、飲み物をついだりしてくれたり。
「ああ、初めてだ。アメリアは?」
「私は二度ほど」
「前もこんな風にいろいろやってたのか?」
「いいえ」
アメリアはにこりと微笑んだ。
微笑みながら、俺達の正面にあるあいてるスペースを指さした。
パーティールームだと考えれば社交ダンスとかを踊るためのスペースだ。
「あそこに楽器を設置して、船を出している間はひたすら歌っていました」
「そうなのか?」
「そういうお仕事ですから。屋敷に招かれるのとなんらかわりません」
「あ―……なるほどそういう感じか」
「こっち側でリアムと一緒なのが楽しいです」
「そうか」
いまいちこのデートの何がいいのか分からなかったがここで何となく理解できた。
昔出来なかったこと、昔憧れていたことを出来る様になった。
俺がリアムに転生して憧れの魔法ができる様になった。
それと同じ感じのことなんだろう。
だから理解できた。
「もっと楽しもう。他にやりたかった事はないか?」
「……あの」
「うん?」
「その……」
アメリアは何故か赤面し、まごまご、もじもじしだした。
何を迷っているんだろうかと不思議がっていると、彼女は意を決して顔を上げた。
「リ、リアム!」
「うん――」
どうした――と聞く余裕もなかった。
アメリアはパッと顔を近づけてきて、俺のほっぺにキスをしていった。
一瞬だけのキスで、すぐにまた離れた。
ほっぺにキスをしたアメリアは耳の付け根や首筋まで真っ赤になるくらい赤面した。
なぜ――とかはさすがに聞かなかった。
恋人っぽいことをする、そのためのデートで、そこでしたキス。
さすがにそれは普通にやることだと俺でもわかるから、何故かとは聞かなかった。
しかしこういう時なんって言えばいいのかも分からなかった。
『ありがとう、うれしい。あたりが無難なのではないか?』
「ありがとう、うれしい」
ラードーンのアドバイス通りにした。
それが無難なのは俺も何となく分かるから、ノータイムで言われたとおりにした。
すると、それを言われたアメリアは顔を半分おおって、嬉しそうに微笑んだ。
その後もキスそしてそれ以上のことはなかったが、俺はアメリアの「やりたい事」に一つずつ付き合ってあげて。
アメリアはその都度嬉しそうだった。
☆
夕方、船から上がった二人。
アメリアは船を背にして、リアムと向き合った。
「では陛下、後片付けをしていきますので、陛下は先にお戻りください」
「わかった」
リアムはいつもの穏やかな笑顔で頷き、来た時とは違い、飛行魔法でパッと街の方に向かって飛んでいった。
夕焼けの向こうに消えていくリアムの後ろ姿を見あげるアメリア。
最初は平然とした、取り澄ました表情でたっていたが、リアムの姿が豆粒のようになって、ほとんど見えなくなるのを待ってたかのように、その場で膝から崩れ落ちた。
崩れ落ちて、地面にも手をつく。
顔はこの日一番というくらい、夕焼けの下でもはっきりと分かる位真っ赤になっていた。
「なんとか……やり遂げたよね」
「ばーか」
「――っ!!」
ただの独り言だったが、まさかそれに反応するものがいるなんて――と、アメリアは驚愕してパッと顔をあげた。
夕焼けを背に、そこに立っていたのはデュポーンだった。
デュポーンは長いツインテールをなびかせて、腰に手をあててアメリアを見下ろしている。
「ばーか」
と、同じ言葉を繰り返した。
「ど、どういう事なのですか神竜様」
「変に本心隠すとか、つらいだけなのに」
「――っ!?」
まるでハンマーに頭を叩かれたような、それほどの衝撃をうけた。
アメリアの脳裏に今朝、出発する時のこともよみがえった。
あの時もデュポーンがやってきて、じっとみつめてきた。
そして今の言葉。
あの時からデュポーンは全てお見通しだったんだ、とアメリアは理解した。
「隠すことないのに」
「……これでいいのです」
「なんでさ」
「こうした方が陛下がもっとも困らないからです」
「……ばーか」
三度、同じ言葉を繰り返すデュポーン。
そのわずかなニュアンスを読みわけたアメリア。彼女は微苦笑した。
「……ふん、これ、もってて」
デュポーンはそういい、何かをぽい、と放り投げた。
山なりに放り投げられた何かをアメリアは慌てて両手でキャッチする。
キャッチして、改めて確かめる。
何かの欠片だった。
「これは……?」
「あたしの爪」
「爪?」
「危ない時はそれをたたき割って、そしたらあたしが駆けつけてあげる。命だけは守ってあげる」
「ど、どうして?」
「今の状況で死なれるとダーリンが困るから。だから命だけは守ったげる」
「……ありがとう、ございます」
「ふんっ」
「やっぱり陛下はすごい。あなたほどの方にそこまでさせるなんて」
「ばーか」
「こ、今度はなんですか?」
もはやそう言われる理由はないと思っていたのか、アメリアはかなり動揺した。
一方でデュポーンはますます呆れた――が、あきれこそ増したが好意のようなものもなぜか増えたと感じられた。
それがアメリアを困惑させた。
「ダーリンがすごいのはわかりきってんじゃん」
「そうでしたね」
「あたしがすきすき言ってもダーリンはなにもかわらない、ゆるがないんだよ。あんたが何を迷ってるのかしらないけどいっちゃえばいいんだよ」
「……がんばります」
デュポーンに発破を掛けられて、アメリアは言う通りかもしれないなとおもいつつも、ちょっとだけこまってしまうのだった。