353.アメリアの企み
次の日の朝。
いつもは朝起きてすぐに魔法の練習を始めるのだが、今日は予定があってそうはならなかった。
朝起きて、メイドエルフ達に身支度を手伝ってもらった後、退出するメイドエルフ達の中からレイナだけを呼び止めた。
「アメリアさんはどうしてる?」
「昨晩私達に準備を申しつけた後、ご自身も準備があるとして帰宅いたしました。ご主人様が目覚めた際に連絡を差し上げましたので、間もなくお見えになるかと思います」
「準備は無事ととのったのか?」
レイナに聞く。
昨日、アメリアから「一日恋人のために準備が必要だからメイドエルフ達に協力してほしい」と言われて、その通りにレイナに協力する様に言いつけた。
「はい、いくつかの簡単な支度のみですみましたので」
「どんなことをしたんだ?」
「申し訳ありません」
レイナは腰をおって深々と頭をさげた。
「アメリア様から詳細を伏せておくようにお願いをされました。ご主人様がどうしてもと、とおっしゃるならお伝えしますが」
そういって、レイナは俺の顔色をうかがうようにじっと見つめてきた。
アメリアに頼まれたがそもそもの主人は俺、その俺の命令なら伝えるということらしかった。
そういうことなら当然――。
「いや、そういうことならいい。アメリアさんに何か考えがあるんだろう。基本的に俺はなにも知らない方がいいのか?」
「はい、そのようにお見受けいたしました」
「わかった、ならもう何も聞かない」
俺がそういうと、レイナは無言で深々と一礼した。
そしてそのままやはり無言のまま静かに退出した。
アメリアに頼まれた一日恋人。
それがどんな内容になるのかと、ちょっとドキドキしてきた。
☆
十分後、レイナからアメリア到着の知らせをもらって、俺は部屋を出て玄関に向かった。
玄関先で、メイドに何かを話しているアメリアを見つけた。
「アメリアさん」
「おはようございます、陛下」
「おはよう。準備は出来ているのか?」
「はい。ありがとうございます陛下、エルフの皆様のおかげで万全のご用意を整えられました」
「そうか、レイナ達は最強のメイド達だからな」
「「「ご主人様……」」」
俺に褒められたからか、アメリアのまわりにいるエルフメイド達は一斉に頬を染め、嬉しそうな表情を浮かべた。
「つきましては陛下、陛下にも一つ、お願いしたいことが」
「うん、なんでも言ってくれ。アメリアさんが上手くやれるためなら何でもするぞ」
「ありがとうございます。今日一日、私に『さん』付けをやめていただきたいのです」
「さん付けをやめる?」
「はい。恋人の女に『さん』はありませんわ」
アメリアはそういい、にこりと微笑んだ。
俺は少し考えて、なるほどと頷いた。
「たしかにアメリアさんの言う通りだな」
「はい、ですので……どうかアメリア、と」
「分かった……アメリア」
「はい」
呼び捨てにすると、アメリアは嬉しそうに微笑んだ。
大輪の花が咲き誇るような満面の笑みだ。
ほんのりと頬を染めていることから、上手く恋人役を演じて、役に入りきってるんだなと俺は感心した。
『ふふっ、そういうことなら向こうも陛下呼びは不自然ではないのか?』
「たしかに!」
ラードーンがいい指摘をしてくれた。
まったくもってその通りだ。
アメリアさんの理屈そのままで、恋人なら俺の事を「陛下」って呼ぶのもおかしい。
「アメリア、俺のことも今日は陛下って呼ばないでくれ」
「……は、はい」
同じ理屈での同じ頼みごとなのに、アメリアは何故か激しく動揺した様子だった。
はっきりと動揺はしたが、すぐに受け入れたので、とりあえず気にしないことにした。
「ではへ――いえ、リアム……さん?」
「幻想の中で理想の恋愛をする話だから、アメリアの一番理想って思う呼び方で」
「そ、そうですか? じゃあ、り、リアム」
「ああ」
俺がはっきりと頷いて、呼び捨てを受け入れると、アメリアはますます赤面してしまった。
照れなのか? それとも他に何かがあるのか?
分からないけど、いちいち指摘して止めるより、一通り「やるべきこと」をやってしまった方がいいと思った。
「それじゃアメリア、まずは何をしたらいいんだ?」
「あ、はい。表に馬車を待たせてあります、まずは移動を」
「わかった」
「「「いってらっしゃいませ」」」
頷き、エルフメイド達に見送られながら宮殿をでた。
アメリアの言う通り表の十数メートル離れた所に馬車がとまっていた。
馬がつながれていて、御者もスタンバっている。
すぐにでも出発出来る態勢の馬車だ。
「り、リアム」
「なに?」
「み、短いけど、腕を組んでもいいかしら」
「もちろん」
恋人なんだからそれくらいは当たり前、というのがさすがの俺にもわかった。
まったく疑問に思うことなく、俺はアメリア側の腕を輪っかにして腕組みしやすくしてあげた。
アメリアはおそるおそるって感じで腕をくんできた。
腕を組んで、まず表情がホッとして、それから嬉しさに変わっていく。
恋人で腕組みをするとこんな表情の変化をするのか、と。
宣言したテスト、シミュレーションと言うこともあって、俺も勉強気分でアメリアの表情の変化を観察した。
そのまま、二人で歩調を合わせて馬車に向かって歩き出そうとした――その時。
『……ふむ』
ラードーンの声が聞こえてきた。
彼女にしては珍しい、何の意味も感じない声。
どうしたんだ? と、聞くまでもなく事態を理解する。
力が迫る。
デュポーンがほとんど音もなく、一瞬で目の前に現われた。
「ダーリン! おはよう――って、あれ?」
「デュポーン」
いつものように抱きついてくるかと思えば、デュポーンは俺とアメリアをじっと見つめた。
特に視線を感じるのは組んでいる腕。
それを見つめ、デュポーンは、
「ふーん」
と、怒ってはいない、よく分からない反応をした。
さすがの俺でも分かる反応――嫉妬。
それはまったくないような感じで、俺はますます不思議に感じた。