352.アメリアの建前
魔法の呼び鈴の改良が終わって、アメリアの家の中に招かれた。
招かれたのはリビングのなか。来客をいれる応接間ではなく、ほんのりと生活感がある普段使いのリビングだ。
そのリビングのソファーに座ると、立ったままのブルーノに気付いた。
「どうしたんだ兄さん? 座らないのか」
「陛下とアメリア様と肩を並べて座るなど恐れ多い」
「ん……ああ……なるほど?」
俺は座っているソファーを改めて見た。
ソファーは二つ、テーブルを挟んで向き合う形で設置されている。
俺がアメリアを訪ねてきたのだから俺たちが隣り合って座るなんて形はなくて、ブルーノはどうしても俺かアメリアかの、どっちかの横に座ることになる。
そこに普段から俺に対して謙っているブルーノ。
さらにはいつだったか聞いた「権力者が大事にしてる相手にはもっと謙る」というやり方もある。
ブルーノは俺には謙って、俺が憧れてるアメリアにはもっと謙る。
そうなると、このリビングだと確かにどこにもすわれないなと思った。
いまからでも宮殿か迎賓館に移動してもらうか――と、思っていたその時。
「ところでアメリア様、一人暮らしはもう慣れましたか?」
「あ、はい。なんとか」
「そうですか。何かお入り用な時はいつでもご連絡ください」
「ありがとうございます……」
ブルーノが話題を変えて、アメリアはおずおずとした感じで受け答えした。
俺はちょっと驚いた。
「アメリアさん、一人暮らしになったのか? ご両親は?」
「すみません……その……」
アメリアは何故か言いにくそうにした。
うつむいて、ちらちらと俺の表情をうかがってくる。
「申し訳ございません、陛下。私がご提案をさせて頂きました」
「兄さんが?」
「はい。ご年配の方は環境が急激に変化するとどうしてもなじめないと思い、アメリア様のご両親は私の領地にお迎えいたしました」
「そうだったのか……ありがとう兄さん」
なるほどと思った。
老人が環境の変化に対応できない……というのはさすがの俺にも分かる。
リアムになる前にたくさん見てきた。
だから俺も気が付くべきだった。
アメリアの両親がこんな魔物だらけの街でなじめるのかって気づくべきだった。
俺が気づかなかったことをブルーノが気づいてくれた。
「本当に感謝する」
「恐縮です」
「アメリアさんのご両親の費用は全部おれが持つから、何かあったら言ってくれ」
「それは……」
ブルーノは何故か、ちょっと困った様子で、ちらちらと俺とアメリアを交互に見比べた。
今度は何だろう……と不思議がっていると、アメリアが「あの!」と声をあげた。
「ありがとうございます、ですが、両親は今の形を喜んでくれましたので」
「今の形を?」
「はい、その、私の稼ぎで、両親をちゃんとした家に引っ越しさせたこととか、生活費だせることとか、そういう……」
「歌の売上げですが、アメリア様の取り分をおわたししていましたので、それで」
ブルーノが補足の説明をした。
なるほどと思った。
「そっか……じゃあ出しゃばらないほうがいいよな」
「出しゃばるとか! 本当に! 嬉しいのです。陛下がそうやって気に掛けてくれることが……」
「そうか」
どうしようかなとおもった。
そうはいうけどやっぱりちょっとは手を貸した方がいいのか、それとも本人の言う通り全部任せて手を引いた方がいいのか。
それがちょっと分からなかった。
親が子の成長を喜ぶのはまわりでたくさん見てきたので分かるが、それが絡んだ時、微妙に部外者ぎりぎり関係者の今のポジションでは何をどうしたらいいのかが判断つかなかった。
『ひとまずそれはおいておけ、今回都合良く「次の仕事」を持ってきたのだからな』
「たしかに!」
急に口を開いたラードーン。
その言葉はいつも通り意表も的もしっかりついたひとことだった。
俺の「確かに」に、半ば張り詰めた状況にあったアメリアもブルーノも驚いていた。
俺は説明をした。
「アメリアさんに頼みたいことがあるんだ。あの形だと――歌の時にアメリアさんの取り分があるんだったらこれもあるよな」
「――もちろんでございます!」
ブルーノはハッとして、俺の言葉に首がちぎれるくらい頷いた。
「私に……頼みごと、ですか?」
「ああ」
俺はしっかりと頷き、来た理由を説明した。
次元の本、体験の本、ゲームの本。
まだまだ「完成」してないから、名前も定まっていないそれの話をアメリアにした。
その間ブルーノは黙ったままで、俺の説明を一緒になって聞いていた。
途中にラードーンの指摘で「俺をメインにするから邪魔しないように」振る舞っているのがわかった。
そのまま、最後まで説明をする。
「という訳で、アメリアさんに話を考えてもらえないかっておもって来たんだ」
「話……ですか」
「そうだ。その……なんだっけ」
ブルーノに水を向ける。
そこでブルーノがようやく口を開く。
「虚構の中で、憧れの人への恋が成就する話を」
「憧れの……人」
「出来れば身分差がほしいところです。貴族の、特に正妻達は騎士との間に、かなわぬ真実の愛があると思いがちですので」
「身分差……だから私なのですね」
アメリアはなにやら納得したようだ。
なんでそこで納得したのか分からないけど、本人が納得しているってことはブルーノの提案通りアメリアに話を持ってきたのは正しいという訳だ。
アメリアは考え込んだ。
数十秒ほど、うつむきながら考え込んだ。
しばらくして、ちらっと俺をみて、その後覚悟を決めたような表情で顔をあげて、まっすぐと俺を見つめてきた。
「お願いがあります」
「なんですか?」
「ちゃんと出来るようにしたいです、どうせなら。陛下流に言えばそのイメージが必要です」
「当然だな」
「ですので身分差のある相手を――陛下」
「うん?」
「い、一日。陛下の恋人にしていただけませんか」
ありったけの勇気を振り絞って、って感じで言ってくるアメリア。
身分差のある相手で試してイメージを作る。
なるほど最近の俺がよくやってることだなと納得した。
ならば、当然。
断る理由がなかった。
「わかった」
俺が受け入れると、アメリアは大輪の花が咲いたように、ぱあと表情がほころんだ。
もう入ってるのか、と俺はちょっと感心した。