349.王様とゲーム
「一番売れるから……」
なるほど、とちょっとだけ思った。
そして落ち着いて考えたらブルーノらしいとこれまた納得した。
今までも何回かあった、血相を変えて飛び込んでくるブルーノ。
魔晶石ブラッドソウルを皮切りに、俺が何か作ったり魔法を開発したりすると、それを聞きつけたブルーノが飛び込んでくる。
それが何回もあったから、これもその中の一つだと思った。
だとしたら――と、いつものように話を進めようとしていたところ、俺の体が自分の意思に関係なくひかった。
そのことにブルーノも驚き、おびえた顔で身構えたが。
「ああ、大丈夫だ兄さん。ラードーンが出てくるだけだ」
「し、神竜様が!?」
それはそれで、といわんばかりに、ブルーノの顔色が一気に青ざめた。
今までほとんどなかった、ブルーノとのやりとりの中でラードーンが参加してくること。
その展開にブルーノは顔を青ざめた。
俺は俺でどうしたんだろう――と思っているうちにラードーンが完全に具現化した。
幼げな少女、かわいらしい姿になって、俺の横にたった。
「話は聞かせてもらった」
「も、申し訳ございません」
「いつもなら口を挟まぬのだが、こやつが少し前にあの娘と約定を取り交わしたのでな、それを指摘しに出てきたのよ」
「あの娘……シーラのことか?」
「うむ」
ラードーンはほとんどの場合、人間の女性が相手だと「あの娘」としかいわない。
文字にすると誰のことを指しているのか全くわからないが、長らく俺の中にいるからか、ラードーンの言葉を実際に聞いているとなんとなく誰のことを指しているのかがわかる。
今回もぴったり大当たりだった。
「シーラと……何の話だ?」
「例の魔法の矢のことだ」
「魔法の矢」
「当面の間最新鋭の武器は他国に渡さない、そういう取り決めだっただろう」
「そうだけど――」
ラードーンにいわれて思い出した。
いわれなきゃ思い出さなかったのは、そもそもがこれ武器じゃないからだ。
俺は率直に聞き返すことにした。
「これ武器じゃないんだけど」
「魔法を覚える、人材を育てるという意味では武器のようなものではないか?」
「それもそうだ」
確かにラードーンのいうとおりだと思った。
俺は少し考えた。
ブルーノとシーラを天秤にかけるというわけではない、ただ純粋に約束の先着順だとかんがえた。
あらためてブルーノの方をむき、断ることにした。
「悪い兄さん、シーラとは先に約束をしてる。だからそれを兄さんに卸す訳にはいかない」
「お、お待ちください! 違います、そうではないのです」
ブルーノは手を交差するほどの勢いであわてて振った。
「ちがう?」
「はい、もとより魔法の習得のためのものをいただこうとは思っていません。陛下は気にはなさいませんが、陛下の敵を育てるようなことは考えておりません」
「じゃあ?」
「もっと毒にも薬にもならないことを考えております」
「うん? ごめんもっと分かりやすく言ってくれ」
「あの本のことを聞かせていただきました。そこで思ったのですが――何か結果を得るのではなく、ただひたすら何かを破壊する、という感じのものです。娯楽です」
「ただひたすら何かを破壊する……?」
「例えば人はむしゃくしゃしたときに何かに八つ当たりをすることがございます」
「ああ……まあ」
「八つ当たりにもいろいろありまして……お恥ずかしい話、家内はそういうとき、屋敷のキッチンにいって、皿を片っ端からたたき割っているのです」
「そうなんだ……」
それは――なんといったらいいのか、反応に困る事実だった。
だがまあなんとなくわかる、むしゃくしゃしたとき何でもいいからぶっ壊して八つ当たりしたいというときがある。
「それと同じです。例えば本の中で反撃しない、しても人間より遙かに弱い魔物的なものを用意すれば――」
「……ああっ」
「ふふっ、なるほど。よくもまあそんなことを思いつくものだ」
ブルーノの丁寧な説明で、俺とラードーンは話を理解した。
魔法以外のことに頭の回らない俺と、多分人間のそういう気持ちとか八つ当たりとかそもそも頭にないラードーン。
俺とラードーンは顔を見合わせて、笑いあった。
俺からもラードーンからも決して出ないであろう発想だからおもしろかった。
「体験型のゲームとでも申しますか……陛下の創造力次第ですが、ほかにもいろいろと……そう、無限の可能性が秘められています!」
「無限の可能性?」
どんなのがあるんだろう、と首をかしげる俺。
一方で、ラードーンはすべてを理解したとばかりにクスクスと笑った。
「『練習』に立ち戻ればよい。異性をくどく練習――恋愛を体験するゲームとかがよいかもしれんな」
「さすが神竜様! それは素晴らしいです! あくまでゲームというのであれば浮気にならない、既婚のものたちにおおいに売れます!」
「もっとストレートに下半身の世話をするものもよいかもしれんな。兵士の下半身事情は領主の悩みの種だろう?」
「それも理解しておいでで……お見それいたしました」
「ほかにもいろいろとできよう――ああ、確かに、無限の可能性だな」
「はい!」
ラードーンとブルーノがうなずき合って、ブルーノは期待で、ラードーン楽しそうに目を光らせた。
いまいち理解が遅れている感じだけど、ラードーンが納得して乗り気なら、これはありだなと俺はおもったのだった。