346.人生
「そうなると……ちゃんと考えないといけないな」
「なにをですの?」
「……ちょっと一緒に来てくれ」
契約シーラは不思議そうな顔をしたが、それでも黙って頷いてくれた。
その契約シーラを連れて部屋を出て、広い廊下を一緒に歩く。
宮殿の奥へ奥へと進んでいく。
「どこに向かっているんですの?」
「えっと……書庫、じゃないな。宝物庫? なのか」
「あなたの宮殿なのでしょう? なのになぜ疑問形ですの?」
「ものを放り込むだけ放り込んで、整理もしてなければ当然名前もつけてないへやなんだ」
「なんですかそれは」
契約シーラが呆れた顔をした。
そうこうしているうちに、普段はほとんど来ない、宮殿の奥まった所にやってきた。
元々が倉庫に近い用途として造られた部屋で、ドアはそれなりに立派だが、日差しがほとんどはいらず廊下でもジメジメとしているような場所だった。
ドアを開けて中に入る、契約シーラもついて来た。
中は殺風景な部屋だった。
「……墓地?」
「いわれてみれば」
契約シーラの口からこぼれた感想に、俺自身妙に納得した。
殺風景な部屋の中には円柱の台座が百個以上あって、台座の一つ一つにそれぞれ指輪が一つ置かれている。
それ以外は何もなく、遠目からは円柱だけの部屋に見えて、契約シーラの「墓地」という感想はぴったりなものだと俺も思った。
「残念だけど墓地じゃない。この指輪を保管してる部屋だ」
「この指輪は?」
「古代の記憶」
「……魔法の?」
「ああ」
俺は頷き、一番近くにある円柱から指輪――古代の記憶を手に取った。
「いわば魔導書である古代の記憶。ここのは全部おれが作ったもので、俺が覚えた魔法を一つずつ込めた古代の記憶だ」
「それで書庫とおっしゃったんですのね」
「そういうことだ」
俺は指輪を台座に戻して、部屋の中をぐるっと見回した。
百を優に超える指輪は俺が覚えている魔法の数と一緒だ。
「なぜこのような所を?」
「最初にもらった古代の記憶はたくさん入ってた、それが手に入れば一気にたくさんの魔法が手に入るけど、使いづらさもあった」
「そうですわね。魔導書である事を考えれば一つ指輪につき一つの魔法という形がいい場面も多いはずですわ」
「だからわけた。数は多いけど、最初の古代の記憶を『バラした』のが八割以上だ」
「そうでしたの……ところで、ここへ来たのはなぜ?」
「魔導書だから、教科書にもなるはずだとおもって」
「――ああ!」
契約シーラはポンと手を叩く。
彼女が申し出た留学生の話、そして俺が持ち出した教科書の話。
話が繋がって契約シーラはハッとした。
「これを使うということですのね」
「そうなんだが……」
「なにか問題が?」
「例えばこれは【タイムストップ】、こっちは【契約召喚】、こっちが【メテオストライク】でこれは【ファイヤボール】」
「無秩序にもほどがありますわね」
「シーラがいう留学生。仮に魔法そのものを学ぶにしても、学ぶ順番をちゃんと整理してやらないとだめだろ」
「……」
契約シーラは驚いた顔で俺を見つめた。
「どうした? そんな顔で」
「意外ですわ」
「意外?」
「ええ、わたくしはあなたの事を魔法の天才だと思っていますの」
「それは嬉しいな」
「ですから、天才にありがちな、出来ない人間が何故出来ないのか理解できないだろうと思っていましたの。それがまさか、順序立てて学ばせるという発想があるとは」
「そんなにおかしい事か? 俺だって最初は魔法が出来なくて、一つずつ、簡単なものから順に覚えて行ったんだ」
「それが驚きなのですわ」
「そういうものなのか?」
逆に俺が首をひねった。
そうおもわれてるのが不思議だった。
「新しいタイプの天才ですわね」
「よく分からない話だ」
「一度あなたの人生を最初から順番に辿っていきたいですわ。どういう人生を辿っていまに至ったのか、興味がますます出てきましたわ」
「大した人生じゃないけど――人生?」
「どうしましたの?」
「……」
契約シーラの言葉が脳内でリフレインする。
頭の中にある初めての扉をこじ開けて新しい発想が飛びだしてきた。
白い雷が脳天を突き抜けていくようなひらめき。
「そうか、人生か」
「え?」
「人生を体験させればいいんだ」
ハッとする俺とはまるで正反対に、契約シーラは盛大に戸惑っていた。
説明は後にして、俺はまず、ひらめいた事を頭の中で引き留めて、泡のごとくきえていかないようにガッチリと掴んで、それをほしい形にまとめていった。