345.留学生
「たってのお願いがありますわ」
よく晴れた昼下がり、宮殿の応接間。
訪ねてきた契約シーラは、エルフメイドが下がって、二人っきりになったタイミングで切り出してきた。
「武器が足りなくなったのか?」
「いいえ、それはまだまだ足りていますわ」
「じゃあなに?」
「学校を開いてほしいのですわ」
「学校?」
「もっといえば、我が国からの留学生を受け入れてほしいのですわ」
「りゅうがくせい?」
聞き慣れない言葉だった。
学校って先に言われたから何かの学生って事はなんとか理解したのだが、それが何の学生なのかは分からなかった。
「どういう学生なんだ?」
「魔法を学ばせてほしいのですわ」
「魔法を?」
「ええ」
はっきりと頷く契約シーラ。
「我が国から魔法の留学生を派遣したいのですわ。そしてそれを受け入れて、この国の魔法を学ばせてほしいのですわ」
「ああ、そういうことか」
何となく話が少しずつ分かってきた。
「なんでまたそんな事を」
「なにをおっしゃいますか」
契約シーラは真剣な、しかしどこか呆れたような眼差しになった。
「いま、この大陸で最も魔法技術が進歩しているのはこの国、いいえ――」
契約シーラはそこで一旦言葉を切って、真顔で俺を見つめて、言い返した。
「この部屋ですわ」
「この部屋」
『お前だということだ』
「そういってもらえると嬉しいな」
魔法の技術、つまり研究が一番進んでいるっていわれるのは嬉しいこと。
それが契約シーラ――お世辞をいわなさそうなシーラの口から出てきたのは二重に嬉しかった。
「その魔法の技術を学ばせるため、若い学生を派遣したいのですわ」
「なるほどそういうことか」
「もちろん学生達の生活費を始めとする各種費用はこちらが負担しますわ。更に」
「更に」
「学校建設の費用も出しますわ」
「そこまでするのか?」
「ええ、あなたの元で学べるのでしたらそれくらいお安いご用ですわ」
「そうなのか……」
「どうかしら、もちろん秘匿したいものはして構いませんわ。それでも、この国に留学ができれば、最先端の魔法を肌で触れることで、たとえみにつくものが少なくとも大きなプラスになりますわ」
まっすぐ俺を見つめて、力説してくるシーラ。
その顔は真剣そのもので、彼女らしいまっすぐな眼差しだった。
「……分かった」
「本当ですの!?」
「ああ」
『よいのか?』
「なにが?」
ラードーンに聞き返す。
契約シーラもこの「ラードーンとのやり取り」の光景に慣れてきたのか、最初の頃にくらべて驚かなくなった。
契約シーラが見守る中ラードーンとのやり取りに意識を集中する。
『その娘が敵に回ることはそうそうなかろうが、それにしたって隣国で人間の国だ。お前の魔法技術は他国に対するアドバンテージ、それを渡していいのか?』
「うーん、渡したら向こうが同じ力をもって、それでこっちが不利になるってことか?」
『有り体にいえばな』
「シーラのことを信用してるし、それに」
『それに?』
「同じ力をもって追いつかれたとしても、俺がまた新しい魔法を編み出せばいいだけだし」
『……ほう』
「最近ますます魔法の研究が面白くてさ。なんていうか、奥に次から次へと新しい扉があって、それを開くとまだ次の部屋につづく扉があって。それがどこまで行ってもなくなりそうにないんだよ」
『中々の状況だな』
「この扉を開き続けていくだけで新しい魔法がどんどん生まれそうだから、いままであるものは渡しても大丈夫だと思う」
『ふふ、お前らしい。そういうことなら我に異存はない』
そう言ったきり、ラードーンの気配が体の奥に引っ込んでいった。
どうやら心配してくれたらしいことは分かったから、俺は密かにお礼をいってから、改めて契約シーラに向き直った。
「待たせてごめん」
「神竜から待ったを掛けられましたの?」
「ああ、でも説得したから大丈夫」
「あなたはやはりすごいですわね」
「え? なんだいきなり」
「裏切られても大丈夫の理由が常人では考えられない理由だからですわ」
「そういうものなのか?」
聞き返すと、契約シーラは感心するやら呆れるやらの、複雑そうな顔をした。
「ええ、そうですわ。だって、あなたの話をきいていると、裏切られても別に追いかけて制裁しようとは思わないのでしょう?」
「追いかけて制裁? ああ、しないよそんな事」
契約シーラのいうとおりだった。
そもそもその考えもなかった。契約シーラがいうまで、裏切ったからなにかしようという考えはなかった。
裏切るってのはつまり「離れる」こと。
離れたらもう付き合いはそこまでだって事だ。
そんな事をするよりも、その時何か新しい事をおもいついたり、新しい難題にぶつかって魔法で何とかしようと考えたりする事になってるはずだから、そっちに頭を使いたい。
「それがすごいのですわ」
「すごさがよく分からないけど、シーラがそういうのならそうなんだろう」
シーラはデキる女だ。
そして俺は魔法以外はからっきしの男だ。
魔法以外の事はシーラのいう事の方が、俺が不思議がっている感覚よりも正しいと思う。
「では、留学生を受け入れて頂けますの?」
「ああ」
「感謝致しますわ」
契約シーラはそういい、立ち上がって手をのばした。
俺はその手を握りかえした。
魔法の生徒か……。
どんな人が来てどういう学びをして、俺はどう教えるか。
その事を考えるとちょっとだけ楽しみになった。