344.同盟
不日。晴れ渡る青空の下、宮殿の正門。
正門の向こうに繋がっている大通りはいつもの雑多な賑やかさはなくて、住民の魔物達は道路の両脇にどいて道をあけていた。
その開けられた道を人間の兵士に守られた立派な馬車が進んで、やがて宮殿の敷地内に入ってきた。
その一行を、俺はエルフメイドを率いて出迎えた。
馬車がとまって、兵士が踏み台をおくと、中からドレスを纏った女が降りてきた。
シーラだった。
ドレスを纏い、丸腰の彼女は優雅に、そしてしなやかな物腰でこっちに向かってきた。
やがて俺の前に立つと、スカートをつまんで一礼した。
「遠路はるばるご苦労だった」
「お出迎え、恐れ入りますわ」
「中へ。レイナ、お供の方々の応対を」
「かしこまりました」
兵士や従者達の事をレイナ達に任せて、俺はシーラをつれて宮殿の建物内にはいった。
宮殿の中にはいって、重たい扉が閉じると。
「あなたがそう振る舞うのを見るのは初めてですわ」
「台本を用意してもらった……カンニングもな」
『ふふっ』
頭のなかでラードーンの楽しげな笑い声が聞こえる。
シーラの公式の来訪ということで、俺は魔王つまり国王らしい振る舞いをした方がいい、そう言われて台本を用意してもらった。
が、台本があっても普段やらないことだし得意じゃない、もっといえば苦手な分野だったから、さっきのセリフや振る舞いはラードーンが頭の中で指示してくれたものだ。
台本を覚えられなくてラードーンの手引きというカンニングに頼ったが、どうにか格好がついた形だ。
「そういうシーラこそ」
「なんですの?」
「いきなり襲いかかってこないのはもしかして初めてじゃないのか?」
「あら? ……そういえばそうですわね」
「だよな」
「お互いらしくないことをしてしまいましたわね。付き合わせてしまってもうしわけありませんわ」
「いや、それはいいんだ」
だだっ広い廊下を二人で歩きながらつづける。
「そうする理由があったからなんだろ? レイナにスカーレット、ラードーンまでこの小芝居に付き合った方がいいっていってきたんだよ」
「あら、小芝居だなんてひどいですわ。でも……ふふ、それが分かるんですのね」
「いや、わからなかった。小芝居ってのもラードーンがいった言葉なんだ」
「あらあら、そうでしたのね」
シーラは楽しげにクスクスと笑った。
そうしているうちにドアの横にメイドエルフがひかえている応接間にやってきた。
メイドエルフが無言でドアをあけて、俺とシーラが中に入るとまた無言で閉めてくれた。
中に契約シーラが待っていた。
「ご苦労様ですわ」
「記憶をお返ししますわ」
契約シーラがそういって、自分の召喚をといた。
瞬間、シーラは表情を変えなかったが、瞬きの速度が数秒間だけあがった。
契約召喚の自分から記憶や経験が流れ込んでいるところだ。
契約召喚は俺もよく使うからその感覚は知っている。
何回やっても一瞬だけちょっと戸惑ってしまう不思議な感覚だ。
とはいえ俺と同じでそれは一瞬だけのことで、シーラは五秒もしないうちに普段通りにもどった。
その間に俺はソファーに座って、シーラも座るように促した。
「まずは、感謝を」
シーラはそういい、深々と頭を下げた。
普段は着ない正式なドレス姿、正装ということもあって、その姿はとても美しく見えた。
「あなたのおかげでパルタ大公の全てを手に入れる事が出来ましたわ」
「一戦交えたってことは兄さんから聞いたけど、実際どうだったんだ?」
「向こうの抵抗をあなたから頂いた魔法の九割を投入して、物量で押しつぶしましたわ」
「九割? 90万発も一気に使ったのか?」
「ええ、もっとつかったかもしれませんが」
「そんなにいっきにつかったのか」
「向こうは既に死に体ですが、あなたの時にも未練がましく食い下がりましたわ。ですから強烈なショックを一気に与えて戦意を根こそぎ刈り取った方が得策だと判断致しましたの」
「なるほど、すごいな」
俺は納得した、そして感心した。
たしかに、あのトリスタンが未練がましく食い下がってくるだろうってのは、俺自身実際に体験しているからそうなるだろうなというのはものすごくなっとくだし、がつんとやって一気に決めちゃった方がいいってのもこれまた納得だ。
「俺もあの時最初からそうやってればな」
「あなたの体験のおかげで一気呵成に落とせました。改めて感謝ですわ」
シーラは再び頭を下げた。
「ですので、今日は改めて、新パルタ大公としての訪問ですわ」
「そうか」
「改めて、同盟を」
「願ってもないことだ」
俺は心底そう思い、シーラを見つめた。
パルタ公国、ジャミール王国、キスタドール王国。
この三つの国とのゴタゴタも大分長い。
その内の一つが敵じゃなくなるのは本当に有難い。
「こっちは嬉しいし本当に有難いけど、いいのかシーラは。いきなり魔物の国と同盟を結んだりして」
「ええ、わたくしの一存で大丈夫ですわ」
「そうなのか?」
「ワンマン創業者の特権ですわ」
「なるほど」
シーラの言葉に再び納得した。
「本当にありがとう。やっと一息つけそうだ」
「それはこちらのセリフですわ」
俺はシーラと向き合い、にこりと微笑み合った。