343.らしさ、全開
「……」
「だめですの?」
「え? ああいや」
俺は首をふった。
少し考えてしまって、待たせてしまったせいで不安がらせたようだ。
「考えてただけなんだ。シーラにだけ渡すのはまったく問題ない」
「では……?」
何を? の言葉を喉の奥で含ませながら聞き返してくる契約シーラ。
「シーラはすごい女だ。そのシーラが何でもしてくれるっていうのなら魔法の研究とか、魔力アップとか、そういう事に付き合ってほしいんだけど、それを具体的にやるとどうしたらいいのか、って考え込んでたんだよ」
「……」
「シーラ?」
きょとんとなってしまう契約シーラの顔をのぞきこんだ。
どうしたんだろう、と思った。
自分で言うのもなんだが、とても俺らしい理由だ。
魔法のために協力してもらえる事があるのかを考えてた、実に俺らしいと思う。
契約シーラ――シーラも俺の事をよく知っているから、この説明で俺が考え込んだ理由を理解してくれると思ったら、何故かきょとんとされてしまった。
一体どうしたんだろう、と、今度はこっちがシーラの反応を不思議がっていると。
『くく、くははははははは』
脳内にラードーンの笑い声が聞こえてきた。
盛大に楽しそう、いやもはや爆笑の域にまで達している大笑いだ。
「どうしたんだラードーン? 俺、なんか変な事をいったか?」
『いいや、何もおかしな事はないさ。言葉そのものはな』
「……?」
なんだか含みのあるラードーンの言葉だった。
何かあるのは今でも腹を抱えているような、笑いをかみ殺しているようなそんな口調から伝わってくるのだが、それがなんなのか分からなかった。
『まあ、安心するがいい』
「安心?」
『悪い事ではない、いかにもお前らしくて、一周回っておかしくなったにすぎん』
「はあ……」
『その娘も似たようなものであろう、だから何も気にすることはない』
そんなものなのか……と、意識をラードーンから戻して、改めて契約シーラを見た。
契約シーラの表情がめまぐるしく変わった。
キョトン顔から困った顔、そしていつもの余裕と自信のある笑顔。
そのグラデーションが一瞬で通り過ぎていったあと、契約シーラは笑顔でいってきた。
「了解ですわ。そういうことであれば後払いでよろしくて?」
「後払い?」
「魔法面であなたの力になるのはわたくしの本体でなくては不可能ですわ。承諾は同一人物ですからこのわたくしがいたしますが、実際は本体のわたくしによる後払いしかありませんわ」
「ああ、なるほど。うん、そりゃそうだ」
契約シーラの言う通りだった。
俺の魔法の相手をするのは契約召喚体である目の前の彼女にはちょっとむずかしい。
……いや、無理だろう。
だから契約シーラは承諾だけ、実際に本体――本人による後払いは当然の話だ。
「それでいい」
「感謝致しますわ」
「いやこっちこそだ」
「それにしても……あなたの事ですから、偶然そうなったのですわよね」
「なんの話だ?」
「ずいぶんと魔王がましくなったという事ですわ」
「魔王っぽいってこと? どこが?」
「今までも、歴史上に何人か魔王と呼ばれた存在がいましたわ」
「ふむ」
「そのほとんどが晩年になって、己が無聊を慰めるために、敵となる人間を育てていましたわ」
「敵となる人間を育てるって……自分で?」
「ええ」
「自分の?」
「そうですわ」
「へえ……」
不思議な話に聞こえた。
自分の敵になる存在を育てて敵にする――言葉にしてもちょっと変になってしまうくらいおかしな話だった。
おかしな話だが、それを俺に話した契約シーラがちょっとおかしそうにしてるのも、やっぱりおかしな話という傍証になった。
「そんなにおかしいのか」
「人間であれば」
「人間だと?」
「ですがあなたは魔王と呼ばれているのですから、それを考えればむしろ普通ですわね」
「そうなのか」
俺は苦笑いした。
褒められているんだかけなされているんだかよく分からないけど。
「安心なさい、褒めていますわ」
『うむ、ほめているな』
契約シーラとラードーンに同時にそう言われて、だったらまあいっか、と思う事にしたのだった。
☆
それから数日の間、俺は同じことを繰り返した。
バンシィが断続に逃げ込んできたから、それを保護して、意志を確認して、【ファミリア】の魔法で使い魔にして、ダークエルフにした。
シーラ達が噂を広めているから、逃げ込んできたバンシィ達は皆、迫害されそうになったから逃げてきた――つまり迫害される前に逃げてきたといった。
先手打ってバンシィ達を助ける事に成功したということだ。
そしてグレースを中心にダークエルフ達をまとめつつ、彼女達の得意が魔法であることを確認しつつ、【マジックミサイル】を中心に魔法を教えた。
その一方で俺はシーラに渡すための【マジックミサイル】の玉を作っていく。
一人で大量生産をしていたが、途中からグレースをはじめ、ダークエルフ達が徐々にそれに参加してきたから、つくる魔法を教えて、一緒になって作った。
ダークエルフたちが少しずつ増えていくのに連れて【マジックミサイル】の玉の生産が加速度的に上がっていく。
一週間がたった頃には、生産数が最初の一万発にとどいたのだった。