340.自分でやるつもりだった
あくる日の昼下がり、宮殿の中庭。
今日もこの国に逃げ込んできたバンシィ五人の同意を得て、全員に【ファミリア】をかけて、ダークエルフに進化させた。
ダークエルフに姿を変えた五人は自分の体の変化に驚き戸惑っていたが、既にいる他のダークエルフの姿が目に入って、事態をのみこんでいった。
既にいるダークエルフが新しいダークエルフに歩み寄って話しかける中、最初のダークエルフであるグレイスが一人で俺に近づいてきた。
「今日も、その……なんと言って感謝をすればいいか……」
「気にするな、いつも通りにしてるだけだ」
「そ、そうか……」
「それより生活に不便してないか?」
「え?」
予想外の事を聞かれて、驚くグレース。
「住み始めて何日かたつけど、そろそろ不便したり足りないものが見えてきたりする頃だと思ってな。いままでのみんなも大体そうだった。一日二日くらいはお客さま気分だったり、色々あって落ち着かなかったりして気づかないけど、三日四日たって段々と気づいてくるみたいでさ」
「そ、そうなのか……」
「魔物達も人型のが多いから、今のこの街は同じ人型のダークエルフだとそんなに暮らしにくいってことはないだろうけど、それでも何かあったらいつでも言ってくれ」
「……わかった」
グレーズはおずおずと頷いた。
日常生活の事とは別に、種族のまとめ役になるリーダーも決めなきゃと思ったが、その事はラードーンに止められた。
まだまだバンシィが駆け込んできてる真っ最中ってこともあって、それが完全に落ち着くまで待った方がいいって事らしい。
このあたりの事はラードーンが口出ししてくるのならそれにしたがった方が絶対いいはずだから、言われたとおりにして今はグレースには何もいわないようにした。
「そ、そうだ」
ふと、グレースが何か思い出したかのように切り出してきた。
「魔法をおぼえたんだ」
「そうなのか?」
「ああ、見ててくれ」
グレースはそういって、まわりをキョロキョロとみまわした。
魔法をどこにむかって撃つべきか、その場所を探しているようだ。
グレースに渡したのは【マジックミサイル】の古代の記憶だという事を思い出した。
「そのまま俺にうっていい」
「え? しかし――」
「構わないさ、【マジックミサイル】だろ?」
「あ、ああ」
「下手にどっかに撃つよりは俺にむかって撃った方が安全だ」
「……わかった」
グレースは数秒間迷ったが、言われたとおりに俺から少し距離をとって、魔法を放つために真っ正面から向き合った。
俺とグレースのやり取りを聞いたからか、他のダークエルフ達は話すのをやめて、一斉に注目してきた。
奇妙な緊張感の中、グレースが左手の人差し指を突き出して、魔法を唱えた。
「【マジックミサイル】!」
人差し指の先から魔法が放たれる。
魔法の矢が緩いカーブを描いてまっすぐ俺に飛んできた。
「――ふっ!」
飛んできた魔法の矢が直撃する前にかき消した。
息を吸い込んで、ためた後に「ぷっ」と吐き出すような感覚で、「魔力の塊」を吐き出して魔法の矢をかき消した。
かき消した直後、ダークエルフ達から「おー」という感嘆の声と、まばらな拍手が湧き上がった。
なぜか他のダークエルフ達と同じような表情をするグレースにいった。
「すごいなグレース」
「え? な、なにが?」
「さすが魔法が一番の才能なだけある。淀みない詠唱に綺麗な魔力の組み立て方。中々見られないくらいうまかったぞ」
「そ、そう……なのか?」
俺に褒められたグレースは恥ずかしそうにした。
褐色の肌なのにも拘らずはっきりと赤面しているのが見えるくらい恥ずかしそうにした。
俺は更に続けた。
「ああ、本当にすごい。なんていえばいいんだろ――そうだ」
頭の中で上手いたとえが見つかって、ポンと手を叩く。
「料理を作るとき食材に無駄がでない感じだな。ほら、子供の頃初めて料理をする時って手際が悪くて、切れ端やらなにやらで無駄がでるだろ? でもうまくなってくるとそういうのがなくなったりするもんだ。そう言うのと似たような感じだ」
「そ、そうか……すまない、料理はしたことがなくて……」
「あー……そうか。だったらなんてたとえたらいいんだろ……」
「いや! その、褒めてくれるのは嬉しい、だからもう、大丈夫だ」
「そうなのか?」
「あ、ああ」
頷きつつも、まだちょっと赤面しているグレース。
たとえが伝わってないからどうしようかと思ったが……俺もよく、まわりの人間のたとえとか説明が理解できないこともある事を思い出す。
とりあえず魔法を上手く使えてる、ってことはつたわったっぽいから、それでいいかなとおもった。
「そういえば? 他のみんなも同じ感じか? 才能が魔法なのか?」
「え? ああ……今日の子はまだわからないけど、昨日までに逃げ込んできたみんなはみんな同じだった。何人かはもう【マジックミサイル】をおぼえてる」
「そうなのか? すごいな。やっぱり才能があると速いんだな」
グレースの言葉を聞いた俺は考えた。
今日の五人はまだ分からないけど、今までの魔物達の特性と考えればたぶん同じように魔法が得意になるんだろう。
せっかくだからもっと他に魔法を覚えてもらおうと、俺は自分が初めて魔法を覚えだしたころの感覚を記憶の中から引っ張りだして、効率的な魔法の覚え方、覚える順番を考えた。
『それもよいが、例のあれをやらせるようにくむのはどうだ?』
「例のあれ?」
いきなり話しかけてきたラードーン。
例のあれといわれたがピンとこなかった。
「なんの話だ?」
『なんだ、忘れたのか? 百万本の矢のはなしだ』
「シーラの頼みの話か? 別にわすれてないけど、それがどうしたんだ?」
『ふふ、なんだ、ここまで話してもまだその発想はないのか』
「?」
『自分で全部やるつもりだということか、実にお前らしい』
「えっと……」
『増えたダークエルフに魔法の矢の生産をやらせればよいのではないか? という話だ』