34.史上最高の功績
その日の午後、俺はジェイムズに呼び出された。
ジェイムズのゲストハウスにやってきた俺は、前と同じ部屋で老人と向き合った。
「本当に神聖魔法を使えるようになったのか」
ジェイムズは開口一番、その事をたずねてきた。
俺はまよった。
今、スカーレット王女に口止めされている状態だ。
どこまで話して良いのか……。
「王女殿下は若すぎますな」
「え?」
「あんな多額の金銭を王女殿下からいきなり渡すなど、まわりに邪推してくれと言わんばかりのものだ」
「魔竜討伐ではそんなに貰えないのか?」
「額もそうだが、殿下が払う義理ではない。特にあの竜は討伐すれば貴族延長級の功績ということになっている。ならば陛下に報告し、陛下自ら表彰されるのが筋というもの」
「あっ……」
「それを殿下が、王都に帰るよりも前に自分で。貴族をよく知る者は勘ぐらざるを得ぬよ」
な、なるほど。
いわれてみれば、父上もアルブレビトもこれを功績にしようとした。
確かに、国王を通さないでいきなりの多額な褒美は勘ぐられても仕方がない。
もう黙ってる理由もないので、俺は答えた。
「はい、いくつか神聖魔法を覚えました」
「見せてもらえるか?」
「わかりました」
俺は手の甲にある紋章を掲げた。
その紋章を魔導書がわりに、魔法をつかう。
詠唱して、魔力を高めて、ラードーンの魔力も含めて。
五分くらいで、発動した。
初級神聖魔法オールクリア。
ラードーンジュニアを召喚したときに、スカーレット王女が驚いたのと同じ光が放たれた。
それを見たジェイムズは「ほう……」と感嘆した。
「それはどういう魔法だ?」
「オールクリアっていう。医学的に『状態異常』とされるものをすべて消し去る魔法です」
「状態異常……石化や毒といったものか」
「はい」
「全部?」
「全部」
「……凄まじいな。神聖魔法が神の御業……と言われるだけのことはある」
そうつぶやき、ますます感嘆するジェイムズ。
神の御業を再現した、っていう評価がすごすぎて正直ピンとこない。
「それに……なるほど」
更に俺を見て、なにやら納得している。
「時に、そなたは三竜戦争という話を知っているか?」
「三竜戦争……? いえ」
「かつて三頭の竜が争った。どれも天変地異を起こせるほどの力をもった竜だ」
「はあ」
「その内の一頭が他の二頭を打ち負かして勝利した、神の御業とされる、神聖魔法を用いたのが決め手だったと言い伝わっておる」
「神聖魔法で?」
「そして、その竜は人間と交わり、人間は神聖魔法を使い王国を建国した。それが我が国だ」
「はあ……なるほど」
何となくピンとこなかった。
そういう伝説は昔話として色々聞いたことがある。
「ピンとこぬか」
「あっ、はい」
「まあ、そうだろうな。三頭の竜が戦って、生き残った一頭と人間が交わって建国した……おとぎ話も良いところだ」
「はい」
「ときに、そなたは竜と人間が交わった――と聞いて何を思い浮かぶ」
「そりゃ……王道の、夫婦になって子供を作って、です」
「うむ、普通はそうだ。そして昨日まで、伝説を聞いた人間は100人中100人がそう思っていた」
「はい……昨日まで?」
なにがあったんだ?
「それだよ」
ジェイムズは俺の手の甲を指した。
「これ?」
「そなたも、竜と交わった、のではないのか?」
「あ……」
そうか、そういう言い方もできるんだ。
ラードーンは、俺の体の中に入った。
一つになって――合体? した。
それを交わったという言い方も出来る。
そして、交わった結果の俺は、神聖魔法を使えるようになった。(厳密には今から数ヶ月~一年は練習するけど)
つまり……。
「そなたは今、我が国の伝説を再現しているようなものだ」
「な、なるほど」
「そして、その魔竜とされているものが、我が国の建国に携わった建国者――いや最悪祖先と言っていいかもしれない」
「祖先を……魔竜として封印した……?」
ジェイムズは小さく頷いた。
予想以上に事が大きくなってしまってる。
「ここからさき、危惧される事は二つ。一つはハミルトン家――そなたの父の方だ、そっちの取り潰し」
「そっか……功績がそもそも功績じゃなかった」
ジェイムズは頷く。
「まあそっちは大した話ではない。問題はもうひとつ」
「な、なんだ?」
「竜が怒り、国に復讐を考える事だ」
「あっ……そっか。協力したのに無実の罪で閉じ込めたようなものだから」
「そういうことだ」
ジェイムズはそう言って、俺をじっと見つめた。
なんでそんなに見つめられるのかしばらく分からなかった。
数十秒考えた後、分かった。
俺に、ラードーンが怒っているのかどうかと確認しているのだ。
俺は自分の中に意識を向けた。
ラードーンは返事してこなかった、が、感情だけは伝わってきた。
怒っていない――そもそもなんとも思っていない。
俺は、ラードーンの言葉を思い出した。
「『人間の尺度などいちいち気にもせぬ。数百年も経てばまた違う呼び方をされるだろう』」
「うむ?」
「ラードーンが――竜が俺に話した言葉です」
「なるほど」
「それよりも俺の人生に興味をもっているようでした」
「ふむ……」
ジェイムズは俺をじっと見つめたあと、ふっ、と笑った。
「つまり、そなたは王国の救世主だ。国は知らない間にそなたによって救われた、というわけだな」
「え?」
そういうことに……なるのか?
「その功績は、今までのどんなものよりも大きいぞ」
ジェイムズは笑っていたが。
その目は、すごく本気だった。