334.魔王様は名君
宮殿の会議室、円卓の間。
俺とスカーレット、レイナ、そして契約シーラの四人がここに集まっていた。
俺が円のとある円周にいて、左右の近い所にスカーレットとレイナがいて、かなり離れたほぼ円卓の向こう側に契約シーラがいるという位置関係になった。
円卓の間に集まったということは会議をするんだが、契約シーラがいることをレイナが気にしていた。
「よろしいのですかご主人様」
「ああ、シーラの意見もあったほうがいいと思う」
レイナには言わないが、これはラードーンのアドバイスだ。
今までだと、こういう時はスカーレットとレイナとで話し合っていたが、そこに契約シーラを加えた方がいいとラードーンがいった。
同時に。
『話がこじれぬようお前の要望だということにしておけ』
とも言った。
ラードーンのアドバイスならスカーレットもレイナも嫌だとは言わないだろうが、そこはいつものように、魔法以外のことだしラードーンになにか考えがあるだろうからと俺は深く考えずに素直に従う事にした。
「承知致しました、ご主人様がそうおっしゃるのならば」
「シーラ様はそれでよろしいのですか?」
レイナではなく、スカーレットがシーラに聞いた。
「あら、何がですの?」
「私とはちがい、シーラは自分の国を持とうとしていらっしゃるので、その辺りは大丈夫なのかと」
「問題ありませんわ。なにしろ――」
契約シーラはにこりと微笑んだ。
「ここにいるわたくしは本物の私ではありませんわ。魔法で造られた偽物の言行の責任を問う――そんなナンセンスな話はありえませんわ」
「……さすがですね」
『ふふっ、三味線を弾くのが上手い娘だ』
スカーレットは苦笑いを浮かべながらそんな感想を漏らし、ラードーンは愉しげに笑った。
「では改めて――ご主人様が名前を与え、使い魔として迎え入れたダークエルフたちはひとまず迎賓館に迎え入れております。個別の家は現在建築中で明日には人数分ができます」
レイナが本題と報告をはじめた。
「みんなの感じは?」
「使い魔になった事で体力は回復しましたが、精神的に参っているようです。一晩は休ませたほうがいいかとおもいます」
「すぐには話はきけないのか?」
スカーレットがレイナにきいた。レイナは平然としたまま、小さく頷いて応じた。
「はい、何人かは体力の回復の反動で精神的に高揚しているようですが、それも精神的に不安定な状態だと判断いたしました」
「たしかに……そういう状態だとめぐり巡って主にも危害を及ぼす」
「はい、ですのでまずは一晩様子をと」
「わかった」
「問題は国境近くのダークエルフ――バンシィはご主人様が救出いたしましたけれど、他国にはまだまだ多くのバンシィが取り残されて、なおかつ迫害を受けている状況なのは間違いないでしょう。出来れば引き渡しを申し出た方がいいかとおもいます」
「それは難しいと思う」
「なぜですかスカーレット様」
「魔物で敵としてみているとはいえ、自国の何かを差し出せというのは内政干渉として見られかねない」
「というよりその口実が使える様になるということですわ」
契約シーラが口を挟んだ、その意見をスカーレットは静かにうなずいて同意した。
「シーラ様のおっしゃる通りです。もちろん無理筋で言いかがりの域をでませんが、こちらが『魔物の国』である以上それがまかり通ってしまう恐れがあります」
「それを逆手にとって、向こうに先に手を出させるのも手ですわ」
「主の御力なら最終的な勝利がゆらぎませんが、その間バンシィの犠牲が増えてしまう恐れがあります」
「そうですわね……犠牲は少なく、ということであればそれは避けた方がよろしいですわ」
「であればどのようにするのがよいのでしょうか、シーラ様」
スカーレットと契約シーラの応酬が続いた。それは人間の貴族ならではのやり取りだったから黙って聞いていたスカーレットが先の話である具体的な解決策を求めた。
「外交として申し出るのではなく、我が国が積極的にバンシィの受け入れを待っている、と宣言するのは問題ないでしょう。あくまで我が国のスタンスを公言するだけですので」
「それでバンシィ達が自発的に来る事を期待する――ということでしょうか」
「ええ」
「それでは後手にまわりすぎませんか? その間に他のバンシィ達が更なる迫害を受けてしまう可能性が高いです」
「……では主のお兄様、そしてシーラ様のご協力を仰いで、例えばシーラ様が率先して領内のバンシィを保護して引き渡せば、他の国にも同じことを要求することができます。その際シーラ様には何かメリットを渡すとなおさらよいでしょう」
「今回のは腹芸でも構いませんわよ。既に多くいただいてますしね」
「もしそうであればかなりのアピールになりますね」
話が具体的にまとまっていく。
スカーレットとレイナを中心にして、たまに契約シーラが一言二言口を挟んで、という形で話が進んでいった。
いくつか分からない話もあったが、そんなのはいつもの事なのできにしなかった。
ふと、契約シーラが俺をみつめ、聞いてきた。
「さっきからあなたは何も話してませんけど、それでよろしいんですの?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いて、当たり前のことをいった。
普段はあまり口にすることはないけど、契約シーラがこの会議に参加したのは初めてだからスタンスをはっきりと言葉にした。
「魔法以外の事はみんなに任せてる。俺が口を挟むよりよっぽどいいはずだ」
「……なるほどそういうタイプの君主ですのね」
「そういうタイプ?」
「君臨すれども統治せず――古の名君が目指した境地ですわ」
「はあ……」
それが俺のことを指していて、褒め言葉なんだろう事までは話の流れで分かるが。
そういうものなのかなあ、と、俺自身いまいちピンとこないかんじだった。