333.ダークエルフ
男達を倒したあと、バンシィ達に近づいた。
俺が近づいていくと、バンシィ達はよりいっそう身を寄せ合って、更に水際に追い詰められていく感じになった。
「もう心配ない、俺は敵じゃない」
そういってみたが、向こうの怯えは一向に収まる気配はない。
『無理もない、向こうからしてみれば同じ人間だからな』
「なるほど、それは確かにそうかも」
『説得するよりも有無を言わさず連れて帰ればよかろう。お前の立場でいつまでも国境越えたままなのは問題が大きくなる』
「わかった」
なるほどとおもった。
それは思いつかなかったけど、そういうのはいつもの事だ。
魔法以外のことで思いつかなかったことはラードーンのアドバイスに従えば間違いはない。今までやってきた通りにする事にした。
「【バインド】」
拘束の魔法でバンシィ達の動きを止めた。
当然、まともに動けないながらももがこうとするバンシィ達。それに対して「大丈夫だ」と一応いって、全員まとめて飛行魔法で持ち上げた。
一緒になって空を飛んで、来た道を引き返す。
あっという間にレッドウォールさえも飛び越えて、街に戻ってきた。
「ご主人様!」
バンシィを連れて、レイナと契約シーラ、そして逃げてきた最初のバンシィが待っている街外れに戻ってきた。
着地して、【バインド】をとく。
最初のバンシィが仲間達に駆け寄って、それと入れ替わるような形で俺はレイナと契約シーラの所にむかった。
「お疲れ様ですご主人様」
「あら、一戦交えてきたんですの?」
「ああ、人間に追い詰められてたから、とりあえず倒して救出してきた」
「正体は明かしましたの?」
「正体? いや、明かしてないけど……何かあるのか?」
正体は明かしたのか? という「何故今それを?」な質問をされて、盛大に不思議がった。
「そうですの。どちらにしてもすぐにバレますけど、せめてもの救いですわね」
「どういうことなんだ?」
「魔王が領土に侵入してきて我が国の国民を手に掛けた――となれば問題ですわ」
「ああ……ラードーンもそんな事いってたな」
『うむ』
なるほど――と思ったのと同時別の疑問と、そしてちょっとした怒りがわいてきた。
「だけど、向こうがバンシィ達を襲ったのが原因だぞ?」
「それでもですわ」
契約シーラは平然として、いやちょっとだけあきれとおどけたような表情をした。
「我が国の領内で魔物を退治していた。なのに魔王が領土に入ってきた。それが人間のつくったルールですわ」
「そういうものなのか……」
「ルールが有効な要素は主に二つ。力と先着順ですわ」
「力と先着順……」
「先着順だとわかりにくかったかもしれませんわね。ようは先例とか伝統とか、そういうものですわ」
「なるほど」
それなら話は分かる。
「ふふっ、そんなに難しく考える必要もないですわ」
「え? どういうことだ?」
「ルールを決めるのは力ともいいましたわ。魔物が襲われてるのを見過ごせなかった、文句ある? ――今のあなたならそれでも問題はそんなにはありませんわ」
「そうなのか」
「ええ、そんなには」
「ふむ」
それならそれでいっか、と思った。
このあたりの事はよく分からない。
が、ちゃんとした貴族でもある契約シーラがそういうのならそうなんだろうと思った。
「恐れながらご主人様」
黙って話を聞いていたレイナが口を開く。
「バンシィたちもご主人様の民として受け入れるのはいかがでしょうか」
「俺の民?」
「はい、契約した使い魔として」
「ああ……【ファミリア】か」
「はい。ご主人様の民、使い魔であれば救出に更に正当性が増すかと存じます」
レイナはそういって、視線を契約シーラに向けた。
提案をして、契約シーラに同意を求めた形だ。
「悪くありませんわ」
「そうなのか?」
「ええ、一応の理屈は通りますわ。それに」
「それに?」
「それはあなたよりも、渉外の担当者である彼女のための武器になりますわ」
「そうなのか、じゃあやろう」
俺は即決した。
まったく頭によぎってさえもなかった事だけど、それでレイナが楽できるというのならやらない理由はない。
「ありがとうございます、ご主人様」
レイナは腰を九十度くらいにおって、深々と頭をさげた。
そして頭を上げた彼女を連れて、バンシィ達の所に戻っていった。
魔物の街、そして先に逃げてきた仲間との合流。
連れてきたバンシィ達はさっきまでとはうってかわってまったく怯えなくなった。
「提案があるんだが、この街で保護するんだけど【ファミリア】という魔法で使い魔にならないか。そうすればここにいるレイナが色々と助かるらしいんだ」
『あはははは、説得も交渉も下手だな』
ラードーンが楽しげに大笑いした。
いつもは「ふふっ」位なのが珍しく大笑いだ。
そんなにか? とおもったけど詳細を聞く前にバンシィ達から返事が返ってきた。
「えっと……」
返事といっても言葉じゃなかった。
フードをかぶった老婆みたいな者達は、言葉にならない喉の奥から搾り出すようなうめきこえを漏らした。
「喉かなにかをやられたのか?」
「いいえ、そういう種族でございます」
「そうなのかレイナ」
「はい」
「あーでも、そういえば他の魔物達も【ファミリア】前は人間の言葉しゃべれないのがおおかったっけな」
最近はやってなかったから記憶からぬけてたけど、確かにそうだったなと思いだした。
「言葉は通じてるのか?」
「はい」
「じゃあ頷くか首を振るかで答えてくれ。使い魔になってくれるか?」
そういい、改めてバンシィ達を見つめた。
するとバンシィ達はまったく躊躇することなく一斉に頷いた。
「よし」
そういうことならば、と俺は魔力を練って、バンシィ達に【ファミリア】を掛けた。
使い魔としての契約を結ぶ魔法をかけて、相手がそれを拒むことなく受け入れる。
フードの下で、老婆のような見た目が徐々に変化していく。
やがて全員が、エルフのような見た目になっていった――が。
「肌が……黒い」
皆、エルフとはまるで正反対のような、純白の髪に黒い肌のような見た目に変わった。
バンシィからダークエルフになったのだった。