331.バンシィ
「そんなにいるのか!?」
あまりの数字にびっくりして、声を上げてしまった。
そうやって驚く俺とは裏腹に、契約シーラは実に落ち着き払った様子で答える。
「ええ、もちろん魔法の『矢』ですから使用や補充によっての増減はありますが、常に国の備蓄としては100万という数字は維持したいものですわ」
「なんでまたそんなに」
「『矢』として考えればおかしな事ではありませんわ。例えば、わたくしは今前線に1000人の弓兵を送り込むことが出来ますわ」
「ふむ」
「一度の交戦で一人あたりどれくらい矢を放つと思いますの?」
「矢の数? 10は間違いなく少ないな、50……ってところか?」
「では50としましょう、1000人が皆50本の矢を放てば?」
「5万……あ」
契約シーラは「そうですわ」といった。
俺もなるほどと納得した。
ものすごいどんぶり勘定なのは間違いないところだが、それでも1000人程度の弓兵がいれば一回の交戦で数万――下手したら十万本は矢を使ってしまうのは間違いない。
「だったらもっと多く必要になるかもしれないな」
「あら、何でですの?」
「矢は戦いが終わった後ある程度は回収して再利用ができるけど、今みせた魔法の矢は完全に使いきりだ」
「たしかにそうですわね、さすが魔法のことは詳しいですのね」
契約シーラは納得した。
「とはいえそれはこの場合大きな違いはありませんわ。もちろん実際はもっと備蓄はしたいのですが、100万の理由はそこではありませんわ」
「じゃあなんだ?」
「兵の心の余裕ですわ。備蓄が1桁多いのと2桁多いのとでは、兵の心の余裕が違いますわ。弓兵に働いてもらう場面で頭にちらっとでも節約がよぎってしまえば威力ががた落ちですわ」
「ケチらせないようにって訳か」
「ええ」
「なるほどなぁ……」
契約シーラの話を聞いて、なんともまあ感心してしまう。
が、言われてみるとわかる。
俺も昔は、魔力の残量を気にする時期があった。
だから修行をして、魔力量を上げなきゃと思っていた。
それが気にならなくなって、魔法の使い方が変わったのはデュポーンに別世界から魔力を引き出す方法を確立させてもらった頃からだ。
バックアップに余裕があれば使うのにケチケチしなくてすむ――のは俺自身実感している事でもある。
「分かった、大量生産する」
「感謝いたしますわ。……金額はどれくらいですの?」
「100万ともなれば俺一人じゃなくて、一緒にやってくれる人を探したい。お金の話はその後になる」
「なるほどですわ」
俺は考えた。
この国の魔物で、手が空いてて魔法も得意なのは? と考えた。
エルフ達かな? と思い、エルフ達が上手く「魔法の矢」を作れる方法を考えた。
☆
「ご主人様!」
契約シーラと宮殿に戻ってくると、俺の姿を見つけたレイナが慌てて駆け寄ってきた。
エルフメイドの長、三幹部の一人。
レイナは俺に向かって走ってきた。
「丁度良かった、レイナ、エルフのみんなは――」
「大変ですご主人様!」
「――え?」
とりあえずエルフたちに話を聞こうとした俺だったが、レイナの剣幕に言葉が喉の奥に押し込められた。
俺は驚き、横では契約シーラも不思議そうにしている。
「どうした、なにがあった」
「あたらしい魔物がご主人様の庇護をもとめてきました」
「そうなのか? どこにいるんだ?」
「こちらです!」
俺は頷き、先導するレイナの案内について行った。
すこし遅れて契約シーラもついてきた。
宮殿前の大通りを突っ切って、一直線に街の反対側にでた。
そうして街の入り口にやってくると、魔物達が遠巻きに何者かを取り囲んでいる光景が目に入った。
「道を空けなさい」
レイナの号令で魔物がまず一斉にこっちを向き、つぎに俺に気づいて「リアム様」「王様」「ご主人様」とめいめいの呼び方を口にして、レイナに言われた通りに道をあけた。
空けられた道の先に、ボロボロのローブで全身をすっぽりと覆った何者かがうずくまっているのがみえた。
「どうした!」
最後は小走りで近づき、しゃがんでのぞきこむ。
頭まですっぽりとローブの奥から思いもよらない姿が見えた。
醜い老婆だった。
いや、醜いというのはたぶん正しくない。
老婆のようにみえる、おどろおどろしい姿をした、人間っぽい魔物だった。
「――っ!」
その姿を見たシーラが背後で息を飲んだのが気配で感じた。
俺はといえば普段から魔物達と接しているから、魔物だとレイナに聞かされていたから驚きも怯えもなかった。
「大丈夫か?」
もう一度きいた。
老婆の姿をした魔物は口を開いたが、文字に出来ないような、うめきっぽい声を出すだけで何を言っているのかわからなかった。
言葉を理解する魔法は――と思っていたその時。
「バンシィでございます」
横からレイナが言ってきた。
「バンシィ?」
「はい、我々の前身であるピクシーと近しくて遠い存在でございます。ピクシーは主に自然に、バンシィは人間がすむ家屋にいることがほとんどです」
「なるほど」
もう一度老婆――バンシィをみる。
もう口は閉じているが、俺をじっと見つめてきている。何かを訴えかけるような目で俺を見つめてきた。
その言葉を、やはりレイナが代弁する。
「人間達がバンシィ狩りをはじめたそうです」