330.100万本の矢
その日の夕方、魔法都市のはずれ。
シーラの本体を、契約シーラと一緒に見送った。
シーラは白馬に乗って去って行った。
最後に「またですわ」と言ったきり、シーラは馬上で背筋をピンと伸ばした凜々しい後ろ姿のまま、一度も振り返らずに夕日が沈む地平の向こうに消えていった。
一切の後ろ髪を引かれる姿はなく、やりたい事をやりきった感すら漂わせる後ろ姿は見ていて実にすがすがしいものだった。
「生き生きしてるな」
「とうぜんですわ」
俺が感じてぼそっとつぶやいた感想を、本人の分身たる契約シーラが答えた。
「この後パルタ大公へ向けた総仕上げが残っているのみですわ、それがすめばいよいよ一国の主――生き生きとしていて当然ですわ」
「なるほどな。なにか手伝った方がいいか?」
「手伝い?」
「ガイかクリスか、両方でもいいけど、望めば派遣できるぞ?」
「それは謹んでお断りいたしますわ」
契約シーラは即答で答えた。
「いいのか?」
「ええ、魔王の兵を借りたとあっては後々どのような言いがかりをつけられるか分かったものではありませんわ」
「そうなるのか」
「わたくしとしては魔王軍との共闘も一興だとおもうのですけれどね」
契約シーラはおどける様子でいった。
夕日に照らし出されるその顔は余裕すら感じさせるいたずらっぽい笑みが浮かべられていた。
「ふーむ、そういうものなのか」
「魔王の兵ではなく、武器の取引なら喜んでするのですけれど」
「武器の取引ならいいのか?」
「不思議に感じますの?」
「まあ……ぶっちゃけ」
俺は率直にそういった。
兵を借りるのがだめで武器の取引ならいいってどういう理屈なんだろうと心から不思議に思った。
「わたくしもまったくの同感、実にナンセンスな話ですわ」
「はあ……」
『ふふっ、人間どもが矛盾の塊なのはいまにはじまった事ではないからのう』
契約シーラには聞こえないが、ラードーンも俺の心の中で契約シーラに同調した。
ラードーンまでそう言うってことは――。
「馬鹿げた理由――なのか?」
「ええ、とても」
「そうか、じゃあそれはそれ以上聞かないけど……武器の取引ならいいのか?」
「ええ。なにかいいものがございますの?」
「今はない、だけど作れる」
俺はそう言い切った。
「どういう武器がいいんだ?」
「……」
契約シーラは俺の方にむかって体ごと向き直って、しばし見つめてきた。
「そうですわね……」
「魔剣とかがいいのか?」
「いいえ、それはダメですわ」
「だめなのか?」
「戦争を一個人の力でどうにかできる人間はあなたくらいですわ」
「はあ……」
褒められてるんだかけなされてるんだかよく分からないことをいわれてしまった。
「魔剣なんて例え取引しても我が軍では使いこなせるものは早々いませんわ。それよりも一般兵にも扱える簡単でそこそこ強い武器が理想的ですわね」
「簡単でそこそこ強い?」
「ええ、一番の理想は訓練をしなくても扱える、その上で離れた相手にも攻撃ができるものですわね」
「弓矢みたいな感じか」
「どちらかと言えば投石ですわね。弓矢はあれでそこそこの訓練がいりますのよ?」
「そうなのか」
それはしらなかった――と独りごちた。
弓矢への認識違いを改めるとともに、それよりも更に簡単なものはどういうものかを考えてみた。
すこし考えて、まわりをぐるっと見回して、足元から小石を一つ拾い上げる。
「なんですの?」
「こんな感じで……どうだ?」
俺は小石を軽く投げた。
無造作に、適当に投げてみた。
山なりにゆっくりと飛んでいく小石の軌道を見切った上で――【マジックミサイル】を唱える。
山なりの軌道の先で、まるで小石から引き継ぐような形で【マジックミサイル】をつくって、はなった。
タイミングと見た目を合わせただけだが、傍からは投げた小石が急に【マジックミサイル】に化けたように見えるようにした。
「これは……」
「まずは見た目なだけなんだけど。さっき投石っていっただろ?」
「ええ、いいましたわ」
「投石位の気軽さで、投げれば【マジックミサイル】が飛び出すような魔道具――ってつもりだ」
「なるほど、どちらかと言えば火炎瓶に近いですわね」
「ああ、そうかもしれない。うん、シーラのたとえの方がわかりやすい」
石を投げたら【マジックミサイル】よりも、瓶を投げたら【ファイヤボール】の方がわかりやすいかもしれない。
直前のシーラの口からでた「弓矢」と「投石」に引っ張られてこんな形にしたが、火炎瓶の方が確かにわかりやすかっただろう。
「ですが、実用はそっちの方がいいですわ」
「え?」
「石を投げたら【マジックミサイル】、それと同じものができて?」
シーラはまっすぐ俺を見つめた。
説明とはちがって、実用性では俺がやって見せたものの方がいいのだという。
「作る事自体は簡単だ」
「量産はどうですの?」
「量産?」
「ええ、いわばお金で買える魔法の矢」
「まあそういうことだな」
「それを――そうですわね」
契約シーラは気持ちうつむき、思案顔をした後、パッと顔を上げてより真剣な顔で俺を見つめて。
「100万本――金額にもよりますがそれくらいはほしいですわね」
と、かなりすごいことを言ってきたのだった。