329.契約召喚:シーラ
精神と時の空間の外、出入り口の裂け目から少し離れた所で、シーラが出てくるのをみまもった。
ラードーンは俺の中にもどっていて、デュポーンは横にいる。
シーラがはいって一分くらい一緒に見守っていたのだが、デュポーンは不意に口を開いた。
「あれ、人間にあまり使わせない方がいいよダーリン」
「え? なんでだ?」
「あの魔法、いくら改良しても、中にいると年取るのが早くなるのは絶対にかえられないじゃん」
「あー……まあ、それはそうだ」
デュポーンの言う通りだとおもった。
魔法を作った俺は当たり前だと思っているが口には出していなかったこと。それをデュポーンが一言で、わかりやすく言葉にした。
その魔法を作ったのは、今シーラが中で魔法の練習をしているように、中で時間を掛けて魔法の練習をして覚えても、外の時間はほんのわずかしか流れてなくて、疑似的に「一瞬で魔法を覚えた」ようにするものだ。
練習して身につけるということは、肉体は実際に体験した通りに成長・老化をしなきゃいけない。
魔法をどう改善していってもそこはたぶん変えられない所だ。
「あの女は人間の若い女じゃん? 何回かだけならいいけど使いすぎると早く年取っちゃって後で後悔するから」
「あー……なるほど」
これは俺にはない発想だった。
発想にはないけど、言われれば納得する話でもある。
確かに、シーラは若い。
若く美しい女だ。
そういう若く美しい女が「速く歳をとってしまう」というのはたしかに本人も気づけば嫌う事。
「わかった、また出せって言われたらその事を説明してからだす」
「ん」
デュポーンはそういって、何事もなかったかのように立ち去った。
元々は俺の瀕死を感知してやってきたのだから、その件が落ち着いたから立ち去った。
「デュポーンに言われなかったら気づかなかったな」
『うむ、我も気づかないことだ』
「ラードーンも?」
これにはちょっと驚いた。
確かに発想にはないけど、でも言われたら理解出来る程度の事だ。
その程度のことが、ラードーンに「気づかない」って言われたらちょっと驚く。
『あれは人間の感覚だ。アヤツはお前の仔を生みたいがためにどんどん人間に近づいている。それは我にはない感覚、言われれば理解はできるがな』
「なるほどなあ」
俺は頷き、納得した。
ラードーンも俺と同じように「思いつかなかったけど言われたらわかる」と言ってたのが密かに面白かった。
それからしばらくして、シーラが入って五分くらいたったところか。
亀裂の中からシーラが出てきた。
「またせましたわ」
「もう覚えたのか?」
「ええ、この通りですわ」
シーラはそういい、手をかざした。
そうして新たに覚えた魔法――【契約召喚:シーラ】で自分の分身を呼び出した。
まったく同じ見た目の、魔剣を持っていないところが唯一の違いとなる契約シーラが現われた。
「成功ですわね」
「ええ、これが分身の感覚……面白いですわね」
「どういう感覚ですの?」
「それは戻れば分かりますわ――ですわよね」
分身シーラが俺に水をむけてきた。
俺は頷き、答えた。
「ああ、契約召喚の分身は解いたら感じた事経験したことが本体に共有される。だからその感覚もその時シーラの本体に伝わる」
「なら今は放っておきますわ」
俺の説明にシーラが納得した。
いっぽうで、なぜシーラが【契約召喚】をほしがったのか今でもまだ分かっていない俺はシーラに聞いた。
「なんで【契約召喚】を?」
「こっちのわたくしをおいていきますわ」
「おいていくって……この国に?」
「ええ。わたくしがいない時の名代ですわ」
「なんでまた……」
俺は不思議におもった。
「二つありますわ。一つは……今後わたくしの国になる、我が国の公使として」
「公使」
「自分自身以上に全権委任できるものが、信頼を置けるものが存在して?」
「ああ……それはそうだ」
「何かあったらわたくし自身が判断します。更に重大な事があれば【契約召喚】をとけば一瞬で本体のわたくしに話が伝わる」
「なるほど、そう考えると公使にこれ以上ない使い方だな」
俺は感心した。
この【契約召喚】を覚えてかなり経つけど、その使い方は思いつかなかった。
「もうひとつは?」
「あなたの側にいる方がいろいろ覚えるからですわ」
「覚える?」
「今、最先端の魔法を研究しているのがあなたですわ」
「そう……なのか?」
『それは間違いない、だからこそ我も毎日が楽しくてしようがない』
シーラには聞こえていないけど、ラードーンは彼女の言葉に同調した。
確かにラードーンはいつもたのしそうにしてる。
神竜ラードーンが楽しめるほどの魔法を編み出してる――そう思えば「最先端」もすこし納得がいく。
「ですので、私自身の成長のために残していきますわ。覚えたり盗んだり、対処を考えたりですわ」
「なるほど」
これまた納得した。
いかにもシーラらしくて納得した。
「というわけで――」
二人のシーラ。
本体と分身が一度視線を交わしてから、にやり、と俺に微笑みかけた。
「これからは最高峰の魔法研究を側で見させていただきますわ」
と、宣言したのだった。