326.俺を殺してくれ
「ありがとうシーラ」
戦闘が終わったあと、改めてシーラを見つめ、心の底からのお礼をいった。
「なんですのそれ」
「今までがいかに魔法一辺倒だったのかを思い知らされた。あの形で指摘してくれたのはすごく助かる」
「その様子では、次回会ったときはもっと手ごわくなっていそうですわね」
「そうなるつもりだ」
はっきりと頷いて、言い返した。
この場では言わないが、魔法偏重を指摘されたが、やろうと思えば物理攻撃はできた。
ノーム召喚してやらせたけど、他にもやりようがあった。
一番最近にやったことでいえば、今でも空の上で太陽の力を吸い込み続けているアオアリ玉がそうだ。
アオアリ玉を浮かしている力を解けば、後は灼熱の火球がはるか上空から降ってくることになる。
そこにはもう俺の魔力は関わっていないから、マジックシールドじゃなくてフォースシールドの出番になる。
そういうののように、他にも落ち着いて考えれば山ほどある。
落ち着いて考えれば。
が、シーラを相手にした高速戦闘中だと、とっさの判断が必要になるときはどうしても魔法一辺倒になる。
まず、俺には魔法しか使えない。
魔法をつかった物理攻撃をしようと思えばできるが、どうしても「間接的」になる。
例えば魔力で巨大な岩をぶん投げるとか、そういう間接的なやりかたになる。
判断の速さ、対処の速さが必要な場面ではそれをやる余裕はないし、発想もそういうのは出てこない。
が、それじゃダメだって今ので思い知らされた。
思い知らされたというのは改善点が分かったという意味でもある。
つぎにシーラがくるまでに何とかするつもりだ。
「というか、もう帰るのか?」
「ええ、パルタ公国を手に入れるための仕上げにかかりませんと、ですわ」
「ああ……」
「あら、名残惜しんでくださいますの?」
シーラはいたずらっぽい笑みをうかべ、からかってきたが、俺は彼女のいうように本気で名残惜しんだ。
「ああ」
「あら?」
「同じ目線で話が出来るのはシーラだけだから」
「同じ目線……とはどういう意味ですの?」
俺が本気でそういっている事に気づいたのか、シーラは不思議そうな表情になって、聞き返してきた。
「ラードーン達はたくさんの有益なアドバイスをくれるけど、圧倒的な上の存在だからいわば教師みたいなもんだ。この街にすんでる魔物とか人間達とかは逆に俺を王様って呼んで下から来る。シーラは態度こそ上から来てるけど目線の高さとか考え方とか同じステージでいてくれるから、貴重な相手だ」
「それでやっていることはあなたを襲撃しているということですのよ?」
「ますます有難い。同じステージで本気でぶつかってきてくれるから、俺も自分が気づかなかった弱点に気づけた。同じことをラードーンたちでも魔物達でも、シーラ以外のだれかがやってもこんなに素直に弱点だって思えなかっただろうな」
言葉にして、改めて「うん」と頷いた。
魔物達相手だと更に魔法の出力をあげて押し通しただろうし、ラードーン達相手なら「かなわないのは当たり前」と諦め――受け入れかねない。
シーラだからこそ素直に弱点を埋めるという発想になったといえる。
「そう言われるのは……悪くない気分ですわね」
「そうだ、何か手伝えることはあるか?」
「何かってなんですの?」
「シーラが強くなるための手伝い。シーラも次までに何かやってくるつもりなんだろ?」
「もちろんですわ」
シーラは腰に手をあてて、彼女にものすごく似合っている尊大なポーズで言い切った。
「お返しってわけじゃないけど、何かそれに手伝えることはないかなって」
『ふふっ、自らの手でライバルを育てるか』
ラードーンは愉しげにいった。
俺は「ああ」と、ラードーンのことばがすっと腑に落ちた。
魔法偏重で俺はシーラに育てられた様なもので、そのお返しだ。
ライバルを育てる、ライバルが育て合う。
そういうのを今の俺は望んでいるのかもしれない。
なぜなら。
それでますます、魔法が上達しそうな感じがしたからだ。
「そうですわね……でしたら一つ」
「ああ、何でも言ってくれ」
「さっきの分身を作る魔法を教えてほしいですわ」
「分身……契約召喚か?」
「ええ。さっきの様子をみるかぎり、分身で考えた事や経験したこと、それらは分身を解いた時に本体にも反映されますわよね」
「ああ」
「でしたらわたくしはかえりますが、ここにわたくしの分身をおいていった方がいいですわ。それで――」
シーラはにやり、とわざとらしい、冗談めかした意地悪な笑顔をつくった。
「――あなたの弱点をついでに探れますわ」
「なるほど、わかった。契約召喚はたしかあの古代の記憶の中だったかな。時間は……どれくらいかかったっけな」
俺は契約召喚を覚えたときの記憶を頭から引っ張りだそうとした。
かなり前の事で記憶がちょっと曖昧だった。
「時間がかかりますの?」
「ああ、たぶんそれなりに」
「では仕方ありませんわ、つぎ来る時はまとまった時間をとってきますから、その時にお願いしますわ」
「いやまて」
俺は手をかざして、頭のなかで考えた。
そろそろ帰らなければならないシーラに、契約召喚を覚えさせることができる方法を考えた。
色々考えて、それを実現するための方法、そしてその方法のためのイメージ。
それをぶつぶつと口に出しながら、軽く地面をむいた思案のポーズのまま考えた。
やがて、その考えがまとまったところで、顔を上げてシーラをみつめる。
「シーラ」
「なにか思いついたんですの?」
「ああ、今すぐ俺を半殺しにしてくれ」
「……はい?」
シーラはきょとん、と、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。