324.やることは変わらない
「具体的には何をどうするんですの?」
「ああ……前回の戦いを見た限り、魔剣がシーラに力をおくって、シーラが送ってきた魔剣の力を行使する、って感じだよな?」
「……驚きましたわ」
シーラは言葉通り驚きの表情を浮かべた。
それが驚きだけでなく、感心したような色も多分に混ざっていた。
「あの最中にそこまで観察する余裕がありましたのね」
「魔力の事だから見れば大体わかる」
「簡単におっしゃいますのね」
「シーラ自身もそういう使い方をしてるようにみえたから気づいてると思うけど、魔剣がシーラに渡してくるのと、シーラが放出につかうの、この二つの工程で無駄が生まれている」
「無駄」
「例えるのなら……そうだな。蔵のタルから酒を瓶に移し替えて、瓶から更にコップに移し替える。って感じかな。移し替える度に容器にちょっとのこったり、ちょっとこぼしたりして、そういう感じの無駄」
「なるほど、それなら分かりますわ」
「移し替える度の『濡れた分』となんだかんだで一滴二滴はこぼれるであろう分。シーラは速度を身上にしてることもあって、こぼさないようにとかじっくりそそぎきるとかができないんだろうな」
「ええ、おっしゃる通りですわ。まるで自分がやっているような感じで細部まで言い当てられて少々不愉快ですわね」
「あー……それはわるかった」
「おバカですわね」
シーラはふっとわらった。
「ただの軽口ですわ」
「そうなのか」
「ええ、超越者にはしっかり敬意を払っているつもりです」
敬意か。
たしかに払われている――ような、いないような。
ちらっと視界の隅に魔剣クリムゾンローゼが目に入った。
……あれと比べれば払われているのかも、とおもった。
『安心しろ、あの手の人間が見下していないのなら敬意を払われているとみていい』
ラードーンのお墨付きをえた。
ラードーンが言うのならそうなんだろうと思った。
「さて、今までが現状の話ですわね?」
「ああ」
俺ははっきりと頷いた。
そう、現状。
シーラをより強くさせるためには、現状の問題点はっきりと認識できる様に言葉にした方がいいと思って、まずはそうした。
「それをどうすればいいんですの?」
「さっきのたとえをそのまま引き継ぐと――直飲みすればそういう無駄はないってこと」
「直飲み……具体的には?」
「受け渡しを無くせばいい」
俺はそういい、改めてシーラの前に立って、手をかざした。
魔法を唱える。
【盟約召喚:リアム】
最近よく使う魔法で、もう一人の俺を呼び出した。
「分身の魔法ですのね」
「普通に使われている分身の魔法とはちょっとちがう」
「どう違うんですの?」
「普通の分身魔法はあらかじめ使った魔力、渡しておく魔力の中から運用してもらうってかたちになる」
「ええ」
「例えば敵がきて、二手にわかれるとき。魔力を半々に分けたとして、敵の割合が極端に傾いてたら片方だけ先に魔力切れになる」
「あなたならそうはならないでしょうが……言いたい事はわかりますわ」
「片方の魔力がきれたら補充したり、あるいはきえて新しく分身をつくったりすると魔法を改めて使う分の無駄がでる」
「わたくしと同じ状況ですのね」
「そこでこれだ。これの分身だと、力の出所は一緒、一つながりになってる。一つながりなら受け渡しの無駄がなくなる」
「……別個体としての受け渡しではなく、感覚的に一つの個体にするという事でのね」
「ああ、もっと言えば」
「なんですの?」
「身体強化系の運用はシーラ自身の方が得意みたいだが、魔法にしての放出系はその魔剣の方が長けているように感じた。一つながりにすればシーラ自身の魔力を効率のいい魔剣で放出する使い方もできる」
「いい事ずくめですわね。そんな事は本当にできますの?」
「方法は大きく考えて二つある」
俺は頭の中にまとめてあった、この話の最終段階――やり方をシーラにつたえた。
「一つは肉体改造みたいな感じで、シーラの魔力の通り道――血管みたいなのがあって、それを魔剣とほぼ同じようにすることで、一体化させる。もうひとつは純粋に管をつくってつなげる感じ」
「なにか大きな違いがありそうですわね」
「ああ。前者は常時繋がっていて、後者は魔法を使って必要な時だけつなげる感じになるかな」
「では後者でお願いしますわ」
シーラは即答した。
ほとんど考えずに即答してきた。
「めちゃくちゃ即答だな」
「ええ。あなたにはまだお話していませんでしたが、この体のまま、人間のままあなたに勝ちたいというのが当面の目標ですの。ですので魔剣に寄せるのはありえませんわ」
「そうなのか。……それなのに俺が協力しちゃっていいの?」
ちょっと不安がわいてきた。
シーラみたいなプライドの高い女はこういうの本当はいやなんじゃないのか? ってちょっとおもった。
「あなたの協力を借りるのと、この体のままあなたに勝つのとはまったく相反しませんわ」
「なるほど」
面白い考え方だとおもったし、そりゃそうだとも思った。
「じゃあ……その魔法を作るから少し待っててくれ」
「ええ」
俺はすこしシーラから距離をとった。
魔法の内容はもう頭の中で練り上げているから、それを一気に形にするために回数をふやした。
「アメリアエミリアクラウディア」
前詠唱をして、自力でこなせる最高の数で一気に魔法を作っていく。
魔法を覚えるのも、作るのも。
極端なことをいえば「試行回数を重ねる」ことだ。
それを同時魔法で一気にやった。
100回の同時魔法を4~5回繰り返して、さらにそれを他人が覚えられるようにする古代の記憶を指輪型で作る。
そうして出来た指輪をシーラに差し出す。
「これで行けるはずだ。使い方は魔導書とほぼ同じだけど大丈夫そうか?」
「問題ありませんわ。今夜泊まらせていただきますわよ」
「とまる?」
「ええ、今夜中に覚えてしまいますわ」
「行けるのか?」
「わたくしを誰だと思っていますの?」
シーラは腰に手を当てて、胸をはって。
まるで自信の塊のような感じで言い放った。
そうはいっても、新しい魔法を一から覚えるのは大変なことだ。
まだ同時魔法を覚えてなかったこと、最初の魔法を覚えた頃のことを思えば一晩ではとてもじゃないがっておもった。
が、まあ。
「頑張れ」
出来なければ出来るまで泊まってってもらえばいいし、と、深く追求せずただ励ますだけに留めておいた。
しかし翌朝。
予想に反して、一段と魔力を効率的に使いこなし、強くなったシーラが寝込みを襲ってきて、俺は大慌てするハメになったのだった。
その際、奇襲も自分の体で勝つ事に反しない、としてラードーンは大いにたのしそうにしていたのだった。