321.道楽の対価
「なんでも、ほしい物をおっしゃって下さいな」
「欲しいものっていわれてもな……」
頭をひねって考える。
見返りとして何がほしいのかと言われても、欲しい「もの」をすぐには思いつかない状態だ。
それで迷っていると、ラードーンが口を開いた。
『結婚してもらうとよいのではないか?』
「結婚!? あー……、えっと今のはラードーンが話しかけてきたからそれに返事したんだ」
シーラが怪訝な顔をしたから説明した。
スカーレット達とちがって、付き合いがそこまで深くないシーラはこの感じのやり取りになれていないだろうから説明する事にした。
「神竜ラードーン……ですのね」
「ああ」
「神竜のアドバイスなのはわかりましたわ。ですが、それでよいのですか?」
「いいのか? なにが?」
「以前もお話しましたが、私は未だ生娘、魔王の欲望を満足させられるかは不明ですわよ」
「あー……うん、そうだな……」
そんな話を前にも聞いた事があるが、どう答えていいのか分からなかった。
それでまた――いやさっき以上に困っていると、ラードーンが俺の中から出てきた。
いつもの幼げな少女の姿で出てきて、向き合う俺とシーラの横――配置にして「コ」になる位置にすわった。
「神竜ラードーン」
「話は聞かせてもらった。魔王が欲望を満たすためとか、そのような即物的な話ではない」
「では?」
「政略結婚、同盟だよ」
「……」
ラードーンの言葉をきいたシーラは絶句した。
目を大きく見開いて、耳を疑う――と言わんばかりの表情をした。
「なんだ、そんなに意外か?」
「……ええ、意外ですわ。神竜ともあろうお方が人間の事に詳しいですのね」
「これだけ嫌がらせが続けば考えもする」
ラードーンはソファーに座り、ともすればシーラ以上に尊大な居住まいで続けた。
「まわりの三国がいくらやっても、何度叩いても、道理に反しそろばん勘定にもあわない嫌がらせを続けてくる」
「プライドからくるものですわね」
「こうなれば今ある国を滅ぼして、そこに御せる者をあてがった方がよいと考えてしまう」
「それが私ですのね」
「お前の方が話が通じそうに見えたのでな」
「……」
見つめ合うラードーンとシーラ。
ラードーンは尊大なように振る舞っているが、まるで日常の一コマのような気楽さがある。
逆にシーラは極力平然を装っているが、表情がラードーン登場前に比べてどこか硬く緊張しているように見える。
「同盟の見返りは?」
「同盟が見返りのつもりだが?」
「むしろ追加の札束で頬を叩かれた気分ですわ」
「逆だ」
「逆?」
「我の道楽のためにという、れっきとした『見返り』だ」
「……どういうことですの?」
「我はこやつの事を気に入っている、こやつが魔法を研鑽するところはみていてあきない。人間、いや我ら三人までいれても、これほど魔力の才能と頭脳を兼ね備えた者は史上初と言える」
「ラードーン……」
嬉しかった、ちょっと感動した。
あのラードーンに魔法の事で褒められてめちゃくちゃ嬉しかった。
「それを特等席で堪能するのが我の道楽なのだが、残念なことにこやつは人間、寿命つまり時間が有限」
「寿命……」
「天才の時間を才能以外のところで浪費されるのは業腹だ。お前も貴族なら分かる話だろう?」
「そうですわね……あなたの方が私よりも貴族のようにも思えますが」
「些事だ、気にするな。つまりはそういうこと、これまで嫌がらせを続けていた連中のことを考えれば、国が一つ敵に回らなくなるのは充分に見返りと言える」
「……そうですのね」
ひとまずは納得したような感じのシーラ。
彼女は微かにうつむき、少しの間思案顔をしたと思えば、顔を上げて俺に向かって聞いてきた。
「あなたはそれでいいんですの?」
「ああ」
俺は即答し、頷いた。
「魔法以外の事でラードーンのアドバイスに従って間違ったことはない」
今までがそうだった、これからもそれはきっと変わらないだろうと俺は確信している。
理解できてないことでさえそうだった、ましてや今のは俺でも理解できる話。
今までパルタ、キスタドール、そしてジャミールとのいざこざは本当にうっとうしかった。
それがなくなれば俺はより魔法の事に専念出来る――なんてのはむしろ俺も同感だ。
だからラードーンの意見に反対を示す理由はどこにもない。
「そうですの……」
「つまりはそういうことだ。お前が一国の主と成った暁には刃をこちらには向けない、その確約だけで良い」
「……より」
「うむ?」
「より、彼に肩入れする様になっていませんか?」
シーラはラードーンにむかってうかがうように聞いた。
それをうけてラードーンは口角をゆがめ愉しげに笑う。
「ふふっ、そうだな。あの時よりももう少し肩入れしているかもしれんな」
「……」
シーラは複雑そうな表情でこっちに視線をむけ、俺を見つめてきた。
「今更こやつの値打ち――真価に気づいたような顔をする」
ラードーンはそういって、更に愉しげに笑ったのだった。