320.国家の条件
「何をもって国だと思いますの?」
「へ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。
シーラのいきなりの質問は、間に何か彼女の言葉を聞き逃してしまったんじゃないかって思うくらい、前後の脈絡がないものだった。
「どうなんですの?」
「え? あー……そうだな」
更に聞かれたから、俺はとりあえず考えてみることにした。
何を以て国なのか……を、今の自分が置かれている状況に照らし合わせながら考える。
今、この街は人間側から国と呼ばれている。
国の名前は「リアム=ラードーン」、国王は魔王とも呼ばれている俺。
国土は「約束の地」、国民は9割以上が魔物。
それらの現状を一回頭の中で広げて、シーラの質問に沿うように答えを作ってみた。
「土地と……民がいること、か?」
「6割正解ですわ」
「6割?」
「正確には三分の二ですわ」
あまり効かない返しだったが、なるほどそういうことかと納得した。
国と言えば土地、そして民。
それは村と言えば土地、そして民とほぼほぼ同じこと。
だから俺にもわかった、そうこたえた。
それは「三分の二」正解だという。
だとするともうひとつ何かがあるということなんだろうが……。
「もうひとつはなんだ? 金か?」
「違いますわ。金がなくて借金をしている国なんていくらでもいますわ。パルタのように」
「あー……たしかに」
シーラの言うとおりだった。
ならなんだ? って考えてみたけどまったく思いつかなかった。
「もうひとつは?」
「あら、もう降参ですの?」
「ああ、俺には分からない」
「へんに素直なんですのね。いいですわ。最後の一つは……権威ですわ」
「権威?」
俺は首をかしげた。
権威と言われてもピンとは来なかった。
「ええ、権威ですわ。もっと分かりやすく言えば、公爵以上の称号を持っているかどうか、ですわ」
「へえ、そういうものなのか」
「だからあなたも魔王と名乗っているのではなくて?」
「いや、魔王はまわりが勝手に呼んでるだけで」
『ふふっ、そういうことなら竜王と名乗ってもよいぞ。我が許す』
ラードーンは愉しげな口調で茶々を入れてきた。
人間なのに魔物を従えているから魔王――なのと同じ理屈で、人間なのに竜を従えているから竜王。
楽しいからそうなのってもいい、とは、いかにもラードーンらしい物言いだった。
「そうなんですの?」
「今ラードーンが『竜王なら名乗ってもいい』っていってくれたけど」
「それが権威ですわ」
「へ?」
「貴族の称号は本来そういうものですわ。何ものかが権威つけのために名乗りだした称号、それが時代を下って継承した長さ、時間という付加価値をえて更にありがたがられるようになった」
「なるほど」
「そうしていつしか称号が体系的になっていき、国と呼ばれるのには公爵、王、皇帝――つまり公爵以上の称号が必要になった、ということですわ」
「なるほど」
同じ言葉をくり返し、そして頷いた。
今ひとつよく分からないけど、国に必要な条件に公爵か王か皇帝かの称号が必要な事はわかった。
この国はやっぱり国でいいんだなとも思った。
「さて本題ですわ」
「え? ああ」
「私はパルタ公の称号がほしい、離反した小貴族を傘下に加えて、その上パルタ公の称号を手に入れればパルタ公国という国は私のものですわ」
「そういう事だったのか。でもなんで国を?」
「理由は二つ」
「ああ」
「十九王女という王位継承権からどうしようもなく遠い所から一国の元首に成り上がるのは痛快だとは思いませんこと?」
「あー……まあ、そうかな」
何となくわかるような、分からないような、そんな感じの話だったが、それでも「権威」の詳細に比べればまだ分かる話だった。
「……もしかして前からそうしようと考えてた?」
「前から?」
「であった時から王女だけどもう一家の主、って名乗ってただろ?」
「覚えていたですの?」
シーラは目を見開き、驚いた表情を見せた。
「そりゃあな」
俺はそういった。
あれだけ出会い方をすれば、記憶も鮮烈に残るってもんだ。
何しろ今日みたいに、いきなり訳もわからずに襲撃された訳だから。
その襲撃はめちゃくちゃすごいものだったけど、その割には敵意や殺意がないのも記憶に残る大きな理由の一つだ。
殺意のすごさを、俺は最近この目で見てきただけに、それがないのにすごいのはますます例外として記憶に強く刻み込まれることとなった。
「覚えていましたのね……」
「ああ」
「……ええ、そうですわ。ずっと独立して国を作る機をうかがっていましたのよ」
一瞬、しっとりとした空気が流れた――のはどうやら勘違いだったみたいだ。
シーラは口角をもちあげ、不敵な笑みを浮かべて続けた。
「そういうわけで、あなたに協力してほしいとおもって会いに来ましたわ」
「俺に……」
「『パルタ公』が持つ借金の請求権はあなたが持っていますわ。踏み倒すにしろ、継承するにしろ、あなたと話をつけなければ始まらない、ですわ」
「あー……」
なるほど、と思った。
そういうものなのか、と納得した。
少し考えた。
ここ最近、いや、約束の地にはいってからずっとつづいてきた、人間の国の嫌がらせのようなもの。
その一角を担うパルタ公国をシーラがつげば嫌がらせはかなり減るんじゃないかって思った。
それだけでも、
「俺の協力が必要か?」
仮に必要だとしても、シーラに協力することにメリットはかなりあると思った。
「ええ、協力してほしいですわ」
「わかった」
俺は即答した。
強気でぐいぐい来るし、魔剣でさえもぞんざいな扱いをするシーラだが、竹を割ったような一本気な性格は嫌いじゃなかった。
それがメリットと相まって、俺は協力を即答した。
そういえば理由は二つあるっていってたけど、もうひとつはなんだろうか。
それも聞いてみるか、と思っていたら。
「では見返りの話をしますわ」
「え? ああ」
「何がほしいですの?」
「えっと……」
聞くタイミングを逃してしまい、話は次のステージにすすんだ。