319.シーラの野望
一戦を交えたあと、俺はシーラを連れて迎賓館に移動した。
少し前まではアメリアが長く泊まっていた迎賓館だが、そのアメリアが街の住民になったからここはまだ使われない、待機の状態になった。
その迎賓館の応接間で、ソファーでシーラと向かい合ってすわった。
メイドエルフ達が給仕するシーラは泰然と受けている――が。
「いいのか? あれ」
「あれ?」
「あれ」
俺とシーラの真横を指さした。
そこには一振りの剣が無造作に投げ捨てられている。
あまりにも無造作に、まるで片付けられなかった民家の家具のような放置ッぷりに、はいってきたメイドがそれにめちゃくちゃ戸惑ったくらいだ。
その剣は、シーラがさっきまで使っていた剣だった。
「ええ、いいのですわ」
「いいのか」
「お仕置きですわ」
「お仕置き?」
剣にお仕置きとは一体――と思って床に置かれている剣の方をみたが、話題が自身に及んだからなのか、剣の刃の部分がまるで自ら光をはなったかのように波打った。
「また……魔剣か?」
前の事を思いだして、シーラにきいた。
最初にシーラと会ったときも、そういえば意識を持つ魔剣を持っていた気がする。
「あら、覚えていたんですの?」
「見た目はまったく思い出せないけど、力がまったく違うものなのは覚えてる」
「あなたらしいですわね」
シーラはクスッと微笑んで、脚を組み替えた。
「ええ、新たに手に入れた剣。魔剣クリムゾンローゼですわ」
「やっぱりそうか……それはいいんだけど、お仕置きっていうのは?」
「わたくしの役にたつと大口叩いていたのにまったく役にたたなかったから、それでお仕置きですわ」
シーラがそういうと、魔剣クリムゾンローゼの刀身がまたも波打った。
はっきりとした意思を感じられた。
微かに漏れる魔力を見るに――。
「……喜んでる?」
自分が感じ取ったものが理解できなくて、信じられなくて。
眉をひそめてシーラに聞いてしまった。
「あら、分かるんですの?」
「感じる魔力がそれっぽいんだけど……さすがにおかしいよな」
「いいえ、おかしくはありませんわ」
「え?」
「むしろまた、お仕置きなのに悦んでいる駄剣には後でもっとキツくお仕置きしないといけませんわね」
「……また?」
「また」
シーラは頷いた。
なるほど、そういうことなら俺の勘違いとかじゃないんだなとわかった。
魔剣の中には意思を持つ「インテリジェンスソード」と呼ばれるようなものもある。
そういった魔剣は持ち主とだけ意識の疎通が出来る事もよくある。
シーラとどういう出会いでどういうつながりがあるのかは分からないが、この様子だと「お仕置きされて悦ぶ」というのは何度も繰り返されてきた事みたいだ。
「しかしまあ、あれがお仕置きか……もし俺に勝てたら何かご褒美はあったのか?」
「ええ、もちろん。信賞必罰は当たり前ですわ。もしもあなたに勝てたら踏んづけて上げるという約束でしたわ」
「踏んづける?」
「ええ」
「……踏んづける?」
「そうですわ」
同じ言葉を繰り返して、念押しで聞いてみたけど、シーラは微塵も迷うことなく首を縦に振った。
そういってまた脚を組み替えたシーラ。
何となくその足に踏まれている魔剣クリムゾンローゼの姿が見えたようだが、それの何がご褒美になるのか分からなかった。
『ふふっ、その事は気にするな。お前が一生かかろうと理解できる世界ではない』
ラードーンがいきなり口を挟んできた。
微妙に楽しそうな口ぶりはちょっとだけ気になったけど、「一生かかろうと理解できない」というのは何となく分かるから、ラードーンのアドバイス通り気にしない事にした。
「それはそうと――」
「なんですの?」
「それのためだけにきたのか?」
「違いますわ」
「じゃあ?」
「用事は二つありますの。まずはパルタから離反する伯爵二名、男爵六名。私が代わりにもらい受けますわ」
「あー……」
その事か、と思った。
スカーレットから既に聞いていた、パルタ大公トリスタンの下を離れる話。
具体的な数字は一切きいていないけど、その話自体はスカーレットから聞いている。
「もしかして……その人達がシーラに泣きついたのか?」
「いいえ、今がおそらく一番買いたたける時期だったから手をだしたんですのよ」
「まあ……困ってるだろうしな」
「ええ、かなり」
シーラはにこりと、上品に見える微笑みを浮かべた。
「何人かはあなたの魔法がトラウマになっている者もいますのと」
「【ヒューマンスレイヤー】のことか」
「名前は今聞きましたけど、相当だったようですわね」
「そうだな」
「その魔法を受けたのにもかかわらずさらにあなたに歯向かおうとしたパルタ公にはもうついて行けないそうよ。それを聞いて買い叩いたの」
「買って……何かシーラにメリットがあるのか?」
「それが二つ目の用事よ」
「ああ」
なるほど、と俺は頷いた。
一つ目の用と二つ目の用は繋がっている話だということか。
「私が王族の端くれだという事は知っていますわね」
「ああ、確か……キスタドールの19王女様、だっけ」
「ええ、よく覚えていてくださいましたね」
そう話すシーラはどこか嬉しそうだった。
「まあな。たしか一家の主として独立もしてたんだっけ」
「ええ、それがまさに今回の本題」
「うん?」
「王女ではなく、ちゃんとした貴族の称号がほしいんですの」
「ちゃんとした貴族の称号?」
「パルタ公もついでに買い叩けないかと思いましたの」
そう話したシーラの顔は野心家そのもので、剣を振るう姿に勝るとも劣らないほど魅力的なものだった。