312.殺したい相手
きらきらと光を反射するそれは地面につもっていった。
ものすごい勢いで生まれ、地面に降り注ぎ、つもっていく。
あっという間に広範囲にわたって、足首が埋もれるほどの量でつもった。
雪で遊んだ経験から、この広さにこの深さ。
かき集めればちょっとした小山、かまくらとか作れる量はあるとおもった。
それはつまり、俺が必要とする量に足りるということでもある。
「とめなきゃ」
口に出して、自分を奮い立たせるようにした。
ただの喧嘩なら間に割って入って「まあまあ」とすればいいだけだが、そこはラードーンとデュポーン。
紛うことなき神竜の二人だ。
しかも今は互いが互いを殺そうという掛け値無しの修羅場。
それを止めるのはどう考えても命がけだ。
声に出して、深呼吸して。
「大丈夫?」
「……大丈夫だ」
ピュトーンの気遣いにも必要以上にはっきりとした言葉で応える。
そうして――まずは魔法。
「【盟約召喚:リアム】」
魔法を使い、もう一人の自分を召喚した。
「これ、あなたのオリジナル?」
「というか改良版だ。わかるのか?」
ピュトーンは小さく頷いた。
「その辺の魔法より洗練されてるから」
「それは嬉しい評価だな」
【盟約召喚】、魔法の覚え立ての頃に多用した【契約召喚】の改良版だ。
あれと同じでもう一人の自分を召喚する魔法だが、【契約召喚】は限りなく自分と同じだが、力――パワーという意味では召喚した者はオリジナルに少し劣ってしまう。
それで改良をした。
【盟約召喚】で召喚した分身はオリジナルとまったく同じパワーをだせる。
それを可能にしたのは、オリジナルと同じ力――体力という意味で同じ力を使うようにした。
そうすることで同じパワーをだせるようになったが、二人分同時に使うことで単純計算で持続時間が半分だ。
その上、オリジナルと同じ体力を使うから他人のをおいそれと使うこともできない。
事実上【盟約召喚:リアム】で自分を召喚するための魔法だ。
召喚した俺と視線を交換して、頷きあう。
「俺はラードーンの方を」
「じゃあ俺はデュポーンの方を行く」
頷き合って、二人で同時に魔法を使う。
同じ人間だからやる事はわかっている。
「「【アナザーワールド】」」
二人同時に空間魔法をつかった。
【アナザーワールド】
異なる空間を作り出して、その中で色々できる様にする魔法だ。
そこにラードーンとデュポーンをそれぞれいれて、分断しようとした――が。
殺し合いをするラードーンとデュポーン、その力のぶつかり合いで【アナザーワールド】が消し飛んだ。
ぶつかった余波だけで俺達の魔法が消し飛んだ。
「すごいな、それだけで消し飛ぶのは」
「どうする? このままだと当っても普通に弾かれるぞ」
「……あれしかないだろ」
「……そうだな」
「俺達」は頷き合って、まずは別次元から魔力を補充した。
魔力を最大にしてから前詠唱で魔力を高める。
そして、もう一度。
「【タイムストップ】」
まずは時間をとめた。
時間停止は何回かつかって、それがラードーン達にも有効だと判明している。
止めた時間の中で【アナザーワールド】を使ってラードーンとデュポーンを飲み込む。
時間が動き出すと、ラードーンとデュポーンはいなくなっていた。
輝く粒子が舞う中、ラードーンもデュポーンも姿が見えなくなっていた。
「俺はラードーンの方に行く」
「じゃあ俺はデュポーンの方だ」
頷きあって、それぞれ【アナザーワールド】の中に飛び込む。
俺がとびこんだ中にはラードーンがいた。
【アナザーワールド】は術者の魔力に比例して空間が広くなる特性のある魔法だ。
かつては小さな部屋一つ程度の空間が、今やラードーンが中にいて、更に暴れてもまだまだ余裕がある位の広さになっていた。
その空間の中でラードーンと目があった。
先手必勝!
ラードーン相手に後手に回るとずるずる押し込まれてしまう。
【タイムストップ】は究極の先手。
そう、なんとかするには先手を取るしかない。
「アメリアエミリアクラウディア――【アトミックブラスト】!」
覚えている魔法の中で単発最大威力のものを放った。
魔法がラードーンに迫る中、ラードーンはゆっくりにも見えるほどの落ち着いた動きで口を開き、凝縮した力を感じさせるものをはいた。
炎なんてちゃちなものじゃない、強いていえば質量をもつ高密度な光のようなもの。
それを吐いて、俺の【アトミックブラスト】とぶつけた。
瞬間、空間全体が揺れるほどの衝撃が起きた。
「くっ!」
衝撃に吹っ飛ばされそうになって、どうにかしてこらえて踏みとどまる。
しかしその直後、更に衝撃波が飛んできた。
魔力を伴った衝撃波だ。
瞬間、ぶつかって起きた空気だけの衝撃じゃなく、魔法を木っ端微塵に砕かれて、その魔力を伴った衝撃波だと理解した。
全力を出し切った後だからシールドを張るのが間に合わなくて、とっさに腕をクロスさせてせめてもの防御をした。
高速ではじき返された魔力がまるで物質、まるで小さな刃のように肌をさし、細かい切り傷を作っていった。
魔力の残滓でつけられた傷もきになるがそれ所ではない、すぐにまた打ち合わないとと魔力を練ろうとする――。
「全力の我と渡り合えようとはな、さすがだ」
「――え?」
魔力を練る動きが止まった。
ラードーンの言葉、口調からは知性が感じられる。
殺し合いをして、暴走しているような様子じゃなかった。
俺はぽかーん、とラードーンを見あげた。
ドラゴンの姿のラードーンは人間の目から見ても分かるくらい、口角を持ち上げて笑った。
そして、人間の姿になった。
「正気に……戻ってたのか?」
「見くびるな」
ラードーンはフット笑いながら、つかつかと俺に近づいてきて、ペチッ、と細腕にふわさしい弱い力で俺のおでこをはたいた。
「無為に無辜の者を巻き込むほど愚かではない」
「え?」
「我が殺したいのはあくまであやつら。目の前から消えてかつ異なる力を感知すれば当然落ち着く」
「そ、そうなのか。それは……わるかった」
暴走して襲ってくる……というのは、ラードーンにかんして失礼な推測だったんだなと理解した。
「……ってことは、ここに入ったあとは、俺が先に殴ったから反撃したのか」
「そういうことだ」
「本当に悪かった!」
「かまわんよ」
ラードーンは口にした言葉通り、本当に気にしていないという感じだった。
「……あれ?」
ラードーンがいつも通りにもどってきた事で、俺も落ち着いた。
落ち着いた結果、体の異変に気付いた。
厳密には異変ではなく、想定していた変化が起きていないと言った方が正しい。
「どうした」
「魔力が減ってない。【盟約召喚】で手分けしたから半分コって感じで使おうと思ったけど残りの半分はまったく減ってない」
俺は不思議におもった。
デュポーンはラードーンと同格の相手。
そのデュポーン相手にまったく魔力を使わずにすんだのか……? という事がすごく不思議だった。
「なんだ、そんなことか」
「え?」
「仔を産みたいほどの相手だ、手をあげるはずもない」
「あ……」
なるほど、と思った。
ということはあっちではデュポーンはすぐに正気に戻った――ように見えたんだろうな。
ラードーンと違って、最初から人間の姿だったのだから最初の撃ち合いも回避できたってことだろう。
俺はふう、と息をはいた。
何はともあれとりあえずは収まった、成功した。
後は外にあるあの結晶を回収するだけだ。