310.土足で逆鱗を踏みにじる
「デュ――」
呼び止める暇もまく、巨大な何かが俺に襲いかかった。
津波に押し流されるかのようになすすべもなく吹き飛ばされてしまう。
「――ッッ!! 【グラビティ】!」
体が浮遊感に包まれた――そう感じた瞬間に重力魔法で自分の体を地面に押しつけた。
浮遊感はつまり吹き飛ばされているからだと察したための魔法はピタリと状況に当てはまった。
重力魔法で地面に押しつけた自分の体は根を生やしたかのように微動だにしなくなった。
それでようやく状況を把握する余裕が出来て、今なお「奔流」を発生している方向に視線を向けた。
そこではラードーンとデュポーンが戦いを始めていた。
ラードーンははじめてあった時のドラゴンの姿に戻っていて、デュポーンはツインテールをなびかせる人間の姿のままだ。
そんな二人が巨大な力を出してぶつかり合って、それが絶えず衝撃波を放っている。
この衝撃波に俺が吹き飛ばされたのだとすぐに分かった。
「すごいな……」
何よりもまず感心した。
戦いを始めてからまだ数秒も経っていないというのに、既に周りの地形が変わっていた。
草木が吹き飛び、土地がえぐれて岩肌が露出している。
これ以上削れるものは何もないと言わんばかりの荒れ果てた大地に一瞬で変わっていった。
そうしてもなお、二人は戦い続けている。
「……むっ」
思わず眉をひそめた。
自分の意思と関係なく自然に出た反応だ。
重力魔法で衝撃波の影響を受けずに慣れてきたからか、その中に混じっている別のものに気づいた。
殺気。
それこそ物質化してしまうのではないか、と思うくらい濃くて重い殺気が二人から放たれていた。
物理的な力でもなく、況してや魔法の力でもない、ただの感情の発露である殺気。
普段慣れていないそれに中てられた俺は背中につー、と汗が伝った。
「やってる、ね」
「うわ! ピュ、ピュトーン!?」
目の前すぐの所に、いわゆる懐に潜り込まれた位の場所にピュトーンがいた。
いつの間にやってきたのか、俺は思いっきり驚いてしまった。
「いつここに!?」
「やってるって感じて、飛んできた」
「そ、そうなのか」
「ぴゅー、あれむかつく」
「え?」
「むかつくから二人ともころしてくるね」
「ちょ、ちょっとちょっと、待て待て待って」
これ以上ピュトーンが絡んでいくと本格的に収拾がつかなくなるから、俺は慌てて彼女の手をつかんで引き留めた。
見た目通り細くて、握っている親指と人差し指がくっつくくらいの細い腕。
こんなか細い少女だが中身は紛れもなく神竜の一人で、二人に対する「感情」は本物だ。
一旦火をつけたら止められないから必死に着火しないように止めようとした。
「なあに」
「そこにはいると――……そう! 今後一切寝るの協力しないから」
「それ困る」
「だったら今回はやめてくれ」
「…………わかった、今回はやめる」
俺はホッとした。
ほんの一瞬の出来事だったが、肺に空気がたまって一気に吐き出さざるを得ないくらいにつかれた。
でもとりあえず何とかなったからホッとした。
「なんであの二人やり合ってるの?」
「え、ああ……」
俺は少し考えてから、何をどういえばいいのか分からなくて、一から十まで全部話す事にした。
これは何となく、ラードーンとの付き合いで学んだ事。
俺は魔法以外の事の判断力が低い。だから俺が考えるよりも、起きたことを俺の考えを混ぜないで事実だけ話して、ラードーンやまわりの誰かに考えてもらった方が結果的に上手く行く。
だから俺の意見を混ぜない、事実のみを伝える方法を覚えた。
「……つまり」
「つまり?」
「やめて俺のために争わないで?」
「いや違うぞ!? …………違う、のか?」
あまりにもあれだったから脊髄反射で突っ込んだけど、落ち着いて考えたらそういうことなのか? と混乱してくる。
「冗談。でも、ぴゅーやっぱりあいつ嫌い」
「あいつって、どっち?」
「ラードーン」
「なんで?」
「賢しらぶって、人の一番嫌なところを的確についてくる」
「一番嫌なところ……」
「あっちの方はあなたの仔を生みたがるくらい好き、キレてるときも人間の姿で戦うくらい人間になってるあなたの仔が生みたいから」
「……」
「あなたにちょっかい出したら国の十個や二十個は消せるくらいぶち切れるのはしってるのに、わざわざそれをやった」
「話の規模が大きいな……」
「しかもそれが結局あなたのためになること。あいつ本当嫌い」
ピュトーンは最後にそう結んだ。俺は慌てて止めた。
「今回はやめてくれよ」
「………………わかってる」
間が怖かった。
多分だけど言ってる最中にどんどんどんどん怒りがぶり返していったんだろうと推測できた。
そういうことが俺にもあるから何となく分かる。
「しかし……そこまでなのか?」
「ちょっと前あなたもしてた」
「え?」
「一番大事なものを土足で踏みにじられると一番おこるのが人間」
「……あ」
一呼吸の間で、それがアメリアの事だと理解した。
アメリアに色仕掛けをさせたパルタ公国に俺が切れたあの話だとわかった。
「あっちのはあなたの仔が生みたいほど人間に近づこうとしてる、自分の脳も体も改造してる。だからあなたのやり方を学んでる」
「俺のやり方……」
「あっちのにとってのあなたは、あなたにとっての歌う子といっしょ」
「うーん……」
なるほどそれはキレると納得せざるを得なかった。
同時に俺に何かがあったら国の10や20は消し飛ばせると言う話もまた、納得するしかなかったのだった。