307.情緒不安定
「……」
ラードーンはジトッとした目のまま、尖らせた唇のまま、しばし俺を見つめた。
やがて、不承不承にって感じで搾り出すように一言。
「……どうしてもか?」
と聞いてきた。
「え?」
「え?」
俺は驚いた。
そんな驚いた俺の反応を見てラードーンも驚いた。
「なんだ、その『え?』は」
「いや、ラードーンらしくないっておもって」
「我らしくない? こういうのもなんだがあやつらとの関係は――」
「ああいや、そっちじゃなくて」
「む?」
「元々の『一番効率のいいやり方』って話だっただろ?」
「――っ!!」
一瞬だった、何の比喩でもなく本当に一瞬だった。
一瞬にして、ラードーンの顔が真っ赤っかにそまった。
それは珍しく、俺にも理由が分かるような反応だった。
もともと「一番効率のいいやり方」という話だったところ、ラードーンがデュポーンとピュトーンとの因縁に平常心を乱された。
それでどうしてもなのかと聞いてきたけど、一番効率のいい話はほぼほぼ「どうしてもじゃない」と同義だ。
そんな簡単な事が頭から抜け落ちてて恥ずかしい――と、ラードーンは赤面しているのが俺でも分かった。
ラードーンは深呼吸して、落ち着きを取り戻した。
「お前まさかわざと――いや、お前にかぎってそれはないな」
深呼吸のあと、今度は「はぁ」と深いため息をついて、ラードーンは今度こそ完全に落ち着きを取り戻し、いつものラードーンにもどった。
「悪いが、それは――」
「ダーリン♪」
「デュポーン!?」
背後からドン、とちょっとよろめく程度の衝撃とともに抱きつかれた。
びっくりして慌ててふりむくと俺に抱きついているデュポーンの姿がみえた。
デュポーンの出現にラードーンはまた表情がかわって今度ははっきりと不機嫌になった。
不機嫌の理由は分かりきっているからラードーンの方はひとまず後回しにした。
「どうしたんだいきなり」
「ダーリンに呼ばれて来たの!」
「俺が? 呼んでないけど」
「えへへー」
デュポーンはするり、と俺の背後から前方に立位置を入れ替えた。
そして年頃の少女にしか見えない、はにかんだ笑顔を向けてくる。
「これも肉体改造の一つだよ」
「肉体改造?」
「ほら、あたしたちって仔を生みたい相手にあわせて体とかありようとか変えるじゃん?」
「ああ、そんな事をいっていたな」
頷き、その辺りの聞いた話を思い出す。
ラードーン達三人は子供を産みたいとおもった相手の種族に自分の肉体を合わせるらしい。
相手が人間なら人間っぽく、ゴブリンならゴブリンっぽく、スライムだったらスライムっぽくなるって話らしい。
その話を聞いたとき、さすが超越した存在でそれが効率的だよなと思ったもんだが、デュポーンに拗ねた顔で「もうダーリン、そういう事じゃないの!」と怒られたことがある。
どうやらそこは「乙女心」的な何かがあるらしいんだけど、その話だと完全に理解できないだろうからそれ以上はきかなかった。
ともかく彼女達は相手に、デュポーンの場合は俺に合わせて自分の肉体を変化させられるらしい。
「だからあたしの体がわかるの! ダーリンがあたしを必要としてるときが」
「そうなのか?」
「うん! こう、おへその下あたりがぐぐぐ、ってくるの。ダーリンがあたしを必要としてるときはね」
「へえ、そうなのか」
「ふっ……」
俺がデュポーンの説明に納得する一方で、ラードーンが鼻をならしての冷ややかな笑みをうかべていた。
それをうけて俺に熱烈にあれこれ訴えかけてきてたデュポーンも、一瞬にして凍りついたような目と口調でラードーンに聞き返した。
「なに?」
「わからんのなら言っておくが、貴様のそれはストーカーでただの重い女だぞ」
「はあ!?」
「そいつが気にしないタイプの男で、通常なら避けられて一巻の終わりだ」
「何ふざけた事言ってんの?」
「客観的な事実を述べたまでだが?」
「はあ? なにそれ、今死ぬ?」
「相手を殺すときは口より先に手を動かせ」
両者一触即発――をも一瞬で飛び越えて盛大に着火した。
どちらもこめかみの血管がぶち切れたような音が聞こえた後、まるで示し合わせたかのように力を放出して相手に向かってはなった。
「くっ! 倍――いや3倍は軽くあるぞ」
このまま二人がぶつかってしまえば辺り一帯が焦土と化してしまう。
俺は止めるため二人の間に割って入った。
「アメリアエミリアクラウディア! 【ワームホール】!」
二人の間、つまり二人がはなった力が衝突するポイントにわってはいって、最大魔力で魔法をはなった。
二人の間の空間が歪んで、複数の穴が出現した。
それぞれ放った力が穴に吸い込まれて、上向きの穴から出てきて空中に向かってとんでいった。
「くっ、吸いきれないか!?」
力を吸い込んで、方向を転換させて放出する魔法だが、力を通す度に穴が小さくなっていく。
つまり力を吸い込むたびに魔法の効果が消耗される。
二人の力があまりにも強すぎて完全に吸いきれないかと危惧したが、俺が間に割って入ったことで二人は力の放出をやめたからどうにか魔法の効果がぎりぎりで足りた。
「ダーリン!? 大丈夫?」
デュポーンはあわてて俺に聞いてきた。
一瞬で限界近い大きな魔力を放出したから筋肉痛に似た不調を覚えたが直接的な攻撃に比べれば大した事は無かった。
「大丈夫だ」
「ごめんなさい、ダーリンに迷惑かけちゃった?」
「いや、それも大丈夫だ」
「ごめんなさい……でも!!」
しゅん、とそのまま落ち込むかとおもいきや、底打ちして一瞬で反発したかのようにデュポーンは笑顔で目を輝かせてきた。
「ダーリンすごい! あたしたちがお互いを殺そうとした力をまとめて防げるなんて! 本当にすごい」
「いや防ぐというか空間魔法の応用で逸らしただけで――」
「うむ、そいつを本気で殺そうとした力をどうにか出来る人間などお前しかいないだろう、さすがだ」
今度はラードーンも言ってきた。
デュポーンと同じように俺を褒めてきた。
殺し合いした直後、二人とも切り替えがはやいな、と呆れ半分感心半分に思ったのだった。