304.つぶれたトマトのように
俺はそのまま森の中にいて、魔法で作り出した自分っぽい物と向き合った。
見た目という意味では、たまに使う【契約召喚:リアム】とにているが、あっちはもう一人の自分、自分で考えて自分で行動する自分を作り出すのだから、同じ自分にみえてもあっちはものすごく自然で、こっちは動かないので極端に不自然だ。
『いつだったか、人間の貴族の間で蝋人形がはやった時代があったな』
「蝋人形?」
いきなりなんの事だろうかと、そんなニュアンスも込めつつラードーンに聞き返した。
『そこそこ人間に見える蝋で作られた等身大の人形のことだ。お前が目にしているそれよりも遙かに不自然だったな』
「ああ、なるほど」
俺が思う「不自然」というキーワードでその事を持ち出してきたんだと納得した。
「聞いたことなかったな、蝋人形」
『実用性皆無で貴族どもの道楽、かつ流行り物だったからすぐに廃れたようだ』
「なるほどね」
『実用性ではお前のそれの方が圧倒的にうえだな』
「これに実用性なんてあるのか?」
俺は不思議に思った。
蝋人形――ラードーンの説明通りなら蝋でつくった人形に実用性が皆無というのは何となくわかるが、かといって目の前にある俺っぽいこれに実用性があると言われてもまったくそうだとは思えない。
だからなんなんだろうなと聞き返した。
すると、ラードーンはいたずらっぽい笑い声をこぼしながら言ってきた。
『例えばそれを誰かの手に渡ったとして、背中あたりに取っ手をつけて前面に押し出せば、対お前用の最強の盾になる――違うか?』
「……おおっ」
俺はポン、と手を叩いた。
頭の中でだれかが――ラードーンの姿になってしまったけど、ラードーンが俺の人形をもって俺にせまって、俺がはなった魔法を全部防いでしまっている、そんな光景が浮かんできた。
俺そっくりの盾というのがものすごくシュールな感じだが、確かに俺の魔法を完全無効化する盾という意味では実用性はある。
「よかったよ、蝋人形以上の実用性はあったわけだ」
『他にもあるぞ。あやつとかにな』
「あやつ……デュポーン?」
微妙なニュアンスで何となくわかった。
『想い人そっくりの人形ならばほしくもなろう』
「あー……」
なるほどな、と思った。
『しかしあやつのことだ、ほしいとおもいはするが満足はせんだろう。もらった後に偽物ではやっぱり満足できないから本物により迫ってきそうではある』
「それはちょっと困るかもしれない」
ラードーンとそんなとりとめのない話をしながら、俺は何となくな感じで、適当に【マジックミサイル】を俺っぽいものに放ち続けた。
毒蛇が自分のどくで死なないように、俺の魔法で傷付かない俺っぽい何か。
それに向かって適当に魔法をうって、その光景を眺めながら、どういう形で計測を実用化していくのかを考える。
構想はいくつもあった。
それらをまず実現の難易度順に頭の中で並べ替えてみた。
そうしてから実際に使う時の手間とかそう言うのでも並べ替えてみた。
ちょっと考えて、使う時の手間を優先するべきだと思った。
ちょっと考えれば当たり前の事だが、魔法を作るのは一回だけ、使うのはこの先何百回とある。
たとえ作るのが一番難しくても、使う時に一番楽なやり方にするべきだ。
後で楽をするために先に苦労をしてしまおうって訳だ。
まあ、一番楽なやり方は別に一番苦労な作り方でもなかったから問題なかったが。
少し考えて、それをまとめてから――。
「あっ……」
『うむ? どうした』
「いや、魔力の計測の方法の目処はついたから、それをやりたいんだが」
『すればよいではないか』
「や……そのためにはこれが邪魔だから、一回消したいんだが……」
『……ぷっ』
一呼吸ほどの間を開けて、ラードーンは小さく噴きだした。
そしてそのまま大爆笑した。
『あははははは、たしかにたしかに、こまるよなあ』
「ああ……」
ラードーンの大爆笑と反比例するように、俺は苦笑いしてしまった。
俺っぽい何かはもういらないから消そうとする。
消すのは当然、俺の事だから魔法でやるもんだ。
魔法でやるもの――俺の魔法でやるもの。
俺は魔法しか出来ないから当然魔法で吹っ飛ばしたりして消すもんだが、目の前のそれは俺自身の魔法は完全に効かないようにつくったものだ。
そして俺は魔法以外じゃ本当に無力だ。
つまりテストに作ったこの俺っぽいヤツを俺は消すことは出来ない。
『意外な所に落とし穴があったな』
「うかつだよ。頼めるか、ラードーン」
『うむ、よかろう』
ラードーンはそう言い、俺の中から出てきた。
幼げで可愛らしくあるが、隠しきれないほどの威厳を伴った少女の姿で現われた。
それでスタスタと近づいていき、手を伸ばして顔面をわしづかみにした――直後。
力をいれて、俺っぽい何かの顔を握りつぶした。
膨大な魔力をうけてもびくりともしなかったそれは、ラードーンの細腕にいともあっさりと握りつぶされて砕け散った。
「なんだ、やはり蝋人形みたいなのだな。なにもとびちらぬとは」
「あはは……」
自分っぽい何かの頭が握りつぶされる光景を目の当たりにして、ちょっと複雑になった俺。
俺はラードーンに頼んで、残った分を一気に吹き飛ばしてもらったのだった。