303.自分の力では死なん
俺は一人で森の中に来ていた。
魔法都市から少し離れて、「約束の地」の領土にはいっている普段は誰もいない森。
その森の中を一人で歩き回って、きょろきょろと探しものをしていた。
『さっきから何を探している』
「蛇を」
『蛇? なんのために』
「計測する魔法のプランはできあがってるけど、そのイメージをより固めるために出来れば蛇を一度生で見ておきたいんだ」
『ふむ、面白い。であれば今は何も聞かずにいよう』
ラードーンは言葉通り、心底楽しげに、何かの見物をするかのような感じでだまった。
期待に添えられるかはわからないけど、俺はとにかくまずは蛇を探して回った。
しばらく歩き回っていると、ガサゴソ、と茂みの方から物音が聞こえてきた。
立ち止まって少し待っていると――ビンゴ。
探していた蛇が茂みから現われた。
しかもあの頭の形――狙っていた毒蛇だ。
「よし」
俺は慎重に近づこうとした――が、途中でこれまた魔法でなんとかすればいいと思いだした。
「【タイムストップ】」
魔法で時間をとめた。
止めていられる時間は短いから、世界が止まったあとダッシュで蛇に近づいた。
人間の動きでは中々捕まえられない蛇でも、時間が止まった世界の中では簡単に捕まえられた。
首を後ろからガッチリと捕まえてから、【タイムストップ】での時間停止を解いた。
『なんだ、時間をとめたのか』
「取り逃がすともったいないからな」
『うむ、まあ確実ではある』
納得するラードーン。
俺は蛇の首を掴んだまま、もう片方の手で尻尾の方もつかんだ。
時間が普通に動いていることもあってそこはちょっと手間取ったが、首をがっちり掴んでいることもあり、そもそも蛇が逃げられない状況だったからすぐに尻尾もつかめた。
そして、蛇の口を無理矢理に開かせて、尻尾を咬ませた。
蛇に自分の尻尾を咬ませたのだ。
頭の形から毒蛇だと判断したそいつの咬む姿をじっと見つめる。
すると、牙の奥から何か違う液体が分泌するのがみえた。
分泌したそれは無理矢理咬ませた傷口に染みこむ。
『どくだな?』
「ああ」
頷き、じっと見つめる。
食い入るように、なんなら視線でももうひとつ穴を開けてしまいかねないほどの勢いでじっと見つめた。
毒液が傷口に染みこんでいくのを、そしてそれで毒蛇の変化を逃すまいとじっと見つめた。
だがしかし変化は起きなかった。
毒蛇だから、毒だから、というような変化はなかった。
期待していた通りに。
「……うん」
俺は頷き、毒蛇をはなしてやった。
解放された毒蛇は一目散に茂みの中に逃げ込んでいった。
『もうよいのか?』
「ああ、見たいものはみた。ほしいイメージは補強出来た」
『ふむ。何を知りたかったのだ?』
「毒蛇は自分の毒で死なないって昔聞いた事がある」
『たしかにそういう知識があるな』
「その話をしってたけど、実際に見たことがないって思ってな」
『ふふっ、普通はないことだろうな』
「それを実際にみて、ほしかったイメージを補強出来た」
『この後どうするのだ?』
「まずは前段階のテストをする」
『うむ』
ラードーンはそういい、さっきと同じようにまた見守るモードにはいった。
ここから先は言葉じゃなくて実際に見た方が早い――すぐに理解してくれたようだ。
俺は目を閉じ魔力を高める。
高めた魔力をいったん放出し、一カ所に集める。
ここ最近よくやっている魔力の物質化で、それに今得たイメージを加えて――パンの生地に具材を練り込んでいくようなイメージでつくった。
しばらくしてそれが出来たので、目をあけた。
目の前にもう一人の俺がいた。
魔力の物質化でつくったもう一人の俺だ。
「よし……」
それを置いて、俺は身を翻して歩き出し、そこから遠ざかった。
ざっくりと数十歩ほど遠ざかって、立ち止まって、再び振り向く。
魔力で練り上げた自分っぽいそれと向き合った。
「アメリアエミリアクラウディア――【アトミックブラスト】!」
前詠唱で魔力を高めて、普段はまったく使わない、覚えている魔法の中で単発最大火力が出るものをもうひとつの俺に向かってはなった。
魔法がそれを包み込み、上方に向かって大爆発をおこした。
爆炎が柱の如く一直線に空に昇っていき、炎にかかっていないはずのまわりの草木が一瞬で黒焦げとかした。
「こんなに威力があったのか、これ」
『妥当なところだろう、今のお前ならな』
「そうなのかな、えっと……よし」
爆炎が徐々に収まっていったあと、爆心地を中心にまわりが黒焦げになったが、もうひとつの俺っぽいそれはたったまま何も変わらない姿でそこにいた。
『……なるほど、それで毒蛇か』
ラードーンはここに来て理解したからか、楽しげな口調になった。
俺は頷き、答えた。
「ああ、毒蛇が自分の毒で死なないように、自分の魔力なら破壊できないものがほしかった」
『ふむ。魔法障壁は基本弾くもの。その弾くのではなく、受けても無傷になる、ということだな』
「そうだ。自分の力ならダメージを受けないというのはイメージしやすかった。これなら自分の力がいくら強くなっても大丈夫だろう」
『ふふ、面白い発想だ。さすがにやるな』
計測魔法の第一段階を無事クリアして少しほっとした。