301.新しい世界
あくる日の昼下がり、宮殿の円卓の部屋。
俺は上座に座り、スカーレットと二人っきりで、彼女から報告を受けていた。
「以上がパルタ公国からとどきました、最初の賠償金です。内容を改めましたが取決め通りの額でございました」
「そうか。金のことは全部お前に任せる」
「かしこまりました」
『一つ良いか?』
スカーレットとの会話にラードーンが割り込んできた。
「なんだ?」
ラードーンに聞き返すと、それをすぐに察知したスカーレット。
それまでも俺には恭しい態度で接していたのだが、神竜ラードーンが口を開いたと察してより恭しい態度になった。
『向こうの余力の度合いを聞いてみろ、推測でよい』
「推測でいいからパルタ公国の余力を知りたいんだそうだ」
「かしこまりました」
スカーレットは一度深々と頭を下げてから、背筋をピンと伸ばして答えだした。
「賠償金は全て金貨で支払われました」
『その言い方だと金貨かどうかで何かがちがうのか?』
「金貨かどうかで何かが違うのか? って」
「はい。一般論でございますが、大金をため込む際、額に対してもっとも小さい体積の金貨を貯め込みます。従いまして多額の賠償金を払うときも金貨を用いて行われます」
『ふむ』
「それで?」
いつぞやと違って、ラードーンの言葉をそのままではなく、ある程度変えて口にした。
ラードーンの質問ではあるが、俺もほとんどラードーンと同じような気分でそれを聞いているからだ。
「これがため込んだ分でまかないきれなくなったらまわりからかき集めることになります。そしてかき集めるとなれば全てが金貨というわけにはいきません」
『……つまりだしてきた金の細かさが向こうの困窮の度合いというわけだな?』
「金の細かさが向こうの困窮の度合いなのか?」
「ご明察でございます」
スカーレットはそういって深々と頭を下げた。
ラードーンはそれで納得した。
俺もその話をきいて、目から鱗が落ちるような思いでちょっとだけ楽しくなった。
『わかった。余裕があろうというのは想定内だ、手を緩めずに締め上げてやれ』
「えっと――余裕があろうというのは想定内だ、手を緩めずに締め上げてやれ――だって」
「かしこまりました」
最後のはラードーンの命令、つまり俺の感想を入れない方がいいと思ったから、ラードーンの言葉をそのまま伝えてやった。
その命令を受け取ったスカーレットはもう一度深々と頭を下げて、部屋から出て行った。
「さって……」
スカーレットの報告が終わり、いわゆる「政務」の仕事が終わった。
この街、この国は俺が王とはいえ、王としてやるべき事はほとんどない。
あっても今みたいに、スカーレットやレイナ、たまにガイやクリスから報告を受けて、それで「全部任せる」といっておしまいだ。
今もそうで、後はスカーレットに任せて終わりだ。
俺はいつものように魔法の事を考えだした。
アメリアの一件で、新しい境地がみえた。
アメリアの歌と前詠唱の合わせ技で新しい境地に足を踏み入れたような気がした。
あとはそれをもっと何かに活用するのを考えなきゃなと思った。
同時魔法が199まで行けたし、それで出来る事はなんだろうかと頭を巡らせる。
『新たな境地、か』
「うん? どうしたんだ?」
いきなりラードーンがつぶやきだしたからなんの事かと聞き返した。
『少し違う話をしようか』
と答えたラードーン。
いきなりなんの事だ? と俺は盛大に首をかしげたのだった。
☆
街の外れ、演奏場の中。
ステージの上に三人が立っていた。
俺とアメリアがほとんど肩を並べて立っていて、俺らと向かい合わせに舞台の反対側に少女姿のラードーンが腕組みして立っていた。
「あの……これはどういう事なのでしょうか、陛下」
アメリアが困惑した顔で俺に聞いてきて、同時にちらちらとラードーンの方を見ていた。
それもそのはず。話があるからとここに連れてきたはいいけど、その「話」は俺も実はまったく分からなくて、ラードーンがそうしろというからアメリアを連れ出してきたのだ。
「俺もよく分からないんだ……ラードーン、どういうことなんだ?」
「うむ、説明よりまずは実演した方が良かろう。【パワーミサイル】でよい、それの最高数を我にむかって放ってみよ」
「はあ……それはいいけど。えっとアメリアさん、魔法を使いたいんで、協力してもらっていいですか?」
「もちろんいいですけど……」
アメリアも俺と同じで、いまいち事態を飲み込めていないまま、とりあえずはと要請を受け入れた。
俺も状況はわかっていなくて、ラードーンが「まずは」といったから、アメリアもまずはという事で会場に置きっぱなしになっている88弦琴の前に立った。
そして手を伸ばし、弦を鳴らす。
88弦の多彩な音とともにアメリアの歌声が会場全体を包み込む。
その歌声で魔力が高まっていくのを感じつつ、俺は「アメリアエミリアクラウディア」と前詠唱で更に魔力を高めた。
「【パワーミサイル】199連!」
ラードーンの注文通りに、【パワーミサイル】を高めた魔力で、現時点の同時魔法で放てる最高の数を放った。
まるで驟雨のような、密集した魔法の矢がラードーンに向かって飛んでいく。
ラードーンは棒立ちだった。
こちらが大丈夫なのかと心配になるほどの棒立ちの後に、腕組みをといて無造作に右腕を前につきだした。
そして、手の先から魔力の塊をはなった。
【パワーミサイル】とにているが、一目で分かるほどのより密度の高い、洗練された魔力弾。
その一発と【パワーミサイル】199発が真っ正面から激突して、大爆発を起こした。
「きゃあああ!」
「アメリアさん!」
会場全体を充満するほどの爆煙と、同じく会場全体が揺れるほどの衝撃を引き起こした。俺はとっさにアメリアの前に【アブソリュートフォースシールド】をはった。
衝撃波程度なら防げる魔法の障壁でアメリアを守った。
爆発はやがて収まり、爆煙が晴れた向こうに腕組みのラードーンの姿が見えてきた。
「どうだ?」
「え? ああ、すごいな、って」
俺は困りながらもそういった。
ラードーンの一発が俺の199発とほぼ互角で、やっぱりラードーンはすごいな。
とは、思ったけど。
ラードーンがすごいのは前から知っていたことで、もっといえばわかり切っていたことで。
だから「すごいな」の先に「で?」という感想もついてきたが、それを言っていいのかを迷った。
「我の一撃とお前の同時魔法がほぼ互角だった」
「ああ」
「お前の一撃は?」
「へ? それってどういう……」
「一つ事実を話そう」
「え? ああ」
今度はなんだ? と、疑問がますます深まっていく。
「お前がいう前詠唱をほとんどの魔法使いはできる」
「ああ、そうだな」
ただの魔力を高める儀式だし。
「しかし、同時魔法は100人、いや1000人に一人くらいしかつかえん」
「そうみたいだな」
「さて、大多数のものはなんのために前詠唱とやらをしている? それをしてどうなる?」
「それは――あっ」
そこまで言われてようやくはっとした。
俺はペチン、と自分の額を叩いた。
「バカか、俺は」
「ふふっ」
「陛下? なにを?」
ラードーンは笑い、アメリアは不思議がった。
俺は自分のうかつさを呪い、そして笑った。
いままでしてこなかったわけではない、だけど、いつの間にか。
魔力が上がっても「数」でなにが出来るとだけ考える様になった。
上がりきった魔力でつかう一つの魔法。
普段はしない発想の方に、もっともっと――今までと同じくらいの出来る事があるはずで、何故か自然と目をそらしてた方に新しい境地が開けていた。