30.竜と同化する男
「これが魔竜、か」
全て終わった後、封印部隊がやってきて、集団で封印を再構築している中、俺は魔竜を見あげていた。
ラードーンジュニアとほぼ同じフォルムだが、ものすごく巨大だ。
寝そべってる状態でも、高さは五メートルはある。
起き上がるとその倍はあるだろう。
顔は――やっぱりラードーンジュニアと同じだけど、あっちはものすごく強かったが、見た目的には子犬的な愛嬌がなんだかんだであったのに対して、こっちは「威厳」をこれでもかってくらいだしている。
「リアム!」
「リアムくん」
アスナとジョディが戻ってきた。
二人に振り向く。
「二人とも、大丈夫だったか」
「うん、なんとか。全力で逃げたのに追いつかれそうになったのはぞっとしたよ」
「ごめんなさいね、アスナちゃん。私を抱えてなかったらもっと逃げられたでしょう」
「それは言いっこなし――なのはどうでもいいのよ。それよりもリアム、今のなに? やっぱり魔法?」
「ああ」
俺は頷く。
また完全にマスターしてないから、彼女達にも言ってなかったアナザーワールド。
それを説明した。
「魔法で空間を作り出すんだ。空間には生物が入る事ができる、どこからでも出入り出来る土地――みたいなものだと思えばいい」
「よく分からないけど、なんかすごいね」
「その空間に、ドラゴンを閉じ込めたって事ですか?」
「いや」
俺はジョディの質問に首を振った。
「まだ完全にマスターしてないんだ」
そういい、魔導書を取り出して見せる。
「そういえば、さっきもそれを持ってて魔法をつかってた」
「そう、完全にマスターしてないと、中に入ってるものは取り出さないとその都度消滅する。今のままじゃ家具も置けないって思ってたんだけど……」
「ひらめいたのね、あの一瞬で」
俺は小さく頷いた。
そう、あの一瞬ひらめいた。
手持ちのどの攻撃魔法も効きそうにはなかった。
だからとっさに、やり直せば中身が完全に消滅するアナザーワールドを使った。
「はえ……すっごい。攻撃魔法じゃないのにそんな風に使っちゃうなんて」
アスナがものすごく感心した。
その反応をみて、俺はちょっと迷ってきた。
魔法を、完全にマスターする前に毎日の練習をやめてしまうと、発動するまでの時間が延びる――つまり戻る。
マスターするまで遠ざかるってことだ。
一旦マスターしてしまえばその心配はなくなるが、途中でやめてしまうとそれまでの努力が徐々に失われていく。
アナザーワールドは、今のままにして、攻撃手段として取っておいた方が良いんじゃないか、って思った。
そんな風に迷っていると。
『人間よ……小さきものよ……』
声が聞こえた。
ずしりと、プレッシャーが全身にのしかかってきた。
まわりをみる、アスナもジョディも――いやそれだけじゃない。
ギルドマスターや封印部隊、この場にとどまって応急処置をしている負傷したハンター達も。
全員が、そのプレッシャーを感じているようで、顔が強ばっていた。
何の声だ――って思ってまわりをみると。
「――っ!」
巨体の魔竜と目があった。
『大きな魂を持つ、小さな人間よ』
「……俺?」
完全に俺と目があっていた。
話しかけられている――と気づいて生唾をのんだ。
「俺に話しかけているのはあんたか、魔竜?」
「「「えっ!?」」」
まわりの人たちが一斉に驚いた。
俺と、魔竜を交互に見比べた。
『魔竜……今の人間はそう私を呼んでいるのだな』
会話が成立した。
おー、という感嘆の声と、ざわざわ、という声がない交ぜになった。
「魔竜じゃないって言うのか」
『人間の尺度などいちいち気にもせぬ。数百年も経てばまた違う呼び方をされるだろう』
魔竜――ラードーンの声は、全てを悟ったような声色だった。
なんとなく……目の前にいる竜は「魔竜」なんてよりも遙かに大きな存在だと思った。
「俺に話しかけて来たのはなんでだ? 封印をやめて欲しいのか?」
『大きな魂の人間よ。そなたは何者だ』
「俺? ただの人間だけど――」
『それにしては魂と肉体が釣り合っておらぬ』
「……」
俺は口を閉ざした。
まさか……俺がこの肉体に乗り移った大人だってことが分かるというのか?
なら、その原因も?
『なるほど……残念だが、私には原因までは分からぬ』
「――っ!?」
心を……読まれた?
『ふむ……どうやら、面白い人生になるようだな。大きな魂の人間よ』
「面白い人生」
『私を連れて行く気はないか? そなたの人生を見させて欲しい』
「あんたを?」
俺は驚いたし、まわりの人間も驚いた。
ざわつきが、大きくなった。
『何もせぬ、それどころか力を貸してやろう』
「力を?」
『そなたが努力で築き上げた土台に上乗せする程度の力だ……常に倍の魔力はでる、といえばわかりやすいか』
「――!?」
それはすごく魅力的だった。
俺が頑張って力を伸ばせば伸ばすほど、伸びた分が倍になる。
やりがいは……ものすごく感じた。
俺はラードーンを見つめた。
どうするべきかを考えた――が。
直感を信じることにした。
「わかった、力を貸してくれ」
『ほう、よいのか』
「あんたからは敵意を感じない――師匠に似てる」
『ふっ、そうか。なら――その大きな魂、少し間借りするぞ』
次の瞬間、ラードーンの巨体が光った。
「うわっ!」
「な、なに!?」
「封印隊! 持ち場を離れるな!」
その場にいる全員が慌てた。
光は数秒間続き、何事もなく収まった。
徐々に視力が戻ってくる中、全員が見えた。
ラードーンの体が薄くなっていき、それが俺の体に吸い込まれてくるような、そんな不思議な光景を。
ラードーンは消えて、その場にいる者達がポカーンとなった。
「リアム! 手! 手をみて!」
アスナが声を張り上げる、俺は自分の手を見た。
右手の甲に、まるで竜をかたどるような紋章が出現した。
その場にいる人間達が、それを見てざわつく。
「すごい……魔竜を……取り込んだというのか?」
つぶやくギルドマスター、その目には驚嘆の色があった。




