03.才能の片鱗
「どうやったらそんな短い期間で覚えられた!」
「どうやったらって……」
ブルーノの剣幕に気圧された。
自分が何かまずいことでもしてしまったんじゃないか、みたいな気分になって、俺はこれまでやってきた事を思い返した。
「普通に、毎日魔導書通りにやっただけだけど」
「すると……その魔導書がすごいのか? いやあり得る、うちは『最古の貴族』、書庫にとんでもねえ代物が眠ってたとしてもおかしくねえ」
ブルーノは下あごを摘まんで、ぶつぶつと何かをつぶやいていた。
何となく邪魔するのも気が引けるから、しばらくじっと見守っていたら。
「おいリアム、それを貸せ」
「う、うん。わかった」
またまた剣幕におされて、俺は『初級火炎魔法』の魔導書を渡した。
ブルーノはそれを開いて、俺がここ一ヶ月ずっと見ていたページを見つめ、同じことを始める。
彼が魔法の練習を始めるのなら、ここは邪魔しないでどっかに行ってよう――。
「なあ、リアム」
「え?」
立ち去ろうとした俺を、ブルーノが呼び止めた。
びっくりして振り向く。
すると、ブルーノは魔導書を見つめたままだが、いかにも面倒臭そう、って顔をしているのが見えた。
そんな顔をしながら、話しかけてくる。
「お前、そんなに頑張ってよ、当主にでもなりてえのか?」
「当主に? なんで?」
「オヤジと一緒だからだよ」
「……?」
一緒? チャールズ……父上と?
なにが一緒なんだろうか。
「まさかしらないのか? オヤジがあんなにしゃかりきになってる理由を」
「理由……あるのか?」
「ほら、貴族ってある程度年いったら家督を譲るのが常識だろ?」
「そうなんだ」
それは知らなかった。
俺の考えてることを、ブルーノは正確に読み取った。
「やっぱり知らなかったのか。まあ、のんびり屋のお前らしい。貴族の家督ってよ、死んだ後に移すとごたつくんだよ。そうなるよりかは、生きてて権力を持ってるうちに譲った方が、その後の混乱を収められるんだよ」
「へえ」
その発想はなかった。
お貴族様ってのも大変なんだな。
「それをやった方がもめねえですむ。まあそれで、俺達も気ままに過ごせるんだがよ」
「なるほど」
「だがよ、そこで問題が一つ出てくる。うちはオヤジが譲った瞬間、四代目になって貴族返上、庶民転落だ」
「……あっ」
「家督を譲った後も、仕事丸投げして、権力をもったまま楽しむのが当たり前だから、このままじゃそれが出来ねえから、オヤジは必死なんだよ」
なるほど……。
確かに、よく考えたら、自分の次の代が平民になるからといって、そこまで必死になるのもおかしい話だ。
父上のそれは鬼気迫っている、まるで自分の事のように。
なるほど、そういう理由があるからだったのか――。
「ああもう面倒くせえ!」
「え?」
いきなりブルーノがかんしゃくを起こした。
何事かと思っていると、彼は魔導書を俺に投げつけた。
「こんなめんどいことやってられるか! じゃあな!」
そう言って、大股で立ち去った。
「……」
俺は苦笑いした。
練習を始めてから、まだ十分も経ってないだろうに。
まあでも、魔導書が俺の手元に戻ってきたんだ。
これでまた、練習できる。
☆
数日後、俺は書庫に向かった。
前に持ち出した『初級火炎魔法』の魔法は全部覚えた、今度は『初級氷結魔法』の魔導書を持ち出した。
持ち出した魔導書を、林まで行くのを待ちきれずに、早速練習を始める。
火炎魔法は百人に一人の割合でつかえる、でも氷結魔法は、温度を上げるよりも下げる方が難しいから、千人に一人らしい。
その説明は普通に納得出来た。
魔法を使わないで火をおこすのは簡単だが、氷を作るのは無理だ。
そんなの、季節を待つ以外方法はない。
だから難しくて、魔法でも出来る人間は少ないのは納得だ。
だからこそ、ワクワクした。
憧れの魔法、しかも難しい氷結魔法。
それが出来たらどんなに楽しいだろうか。
俺は廊下を歩きながら、魔導書で氷結魔法の練習をした。
火炎魔法のときもそうだが、いくつかは魔導書にそのまま魔法を使うのがある。
魔導書を補助につかうから、直接かけた方が、魔導書もサポートしやすいらしい。
魔導書のマテリアルコーティングも、そのためにあるらしい。
だから俺はやってみたが――。
「うわっ!」
上手く行かなくて、魔導書が燃えた。
氷結魔法を使おうとしたのに、火炎魔法のファイヤーボールを魔導書にかけてしまった。
炎上する魔導書、びっくりして取り落とす。
慌てて拾い上げて、炎を消す。
「誰だこんなところで火を使っているのは――リアムか」
「父上!」
俺はますます慌てた。
声の方を向いた。
すると父上が執事に何かを話しながら、こっちにむかってくる。
多分どっかに行く途中だろう。
なぜなら、父上の目は相変わらずこっちを向いていない。
「廊下で火を使うな……それは魔導書か?」
「はい」
「初級氷結魔法……うん? 今のは火ではなかったか?」
「はい、すみません。氷結は難しくて、火炎魔法が出てしまいました」
「そうか……なんだと?」
そのまま立ち去りかけた父上、立ち止まってこっちをむいた。
初めて――視線が交わされる。
「お前……魔法を勉強していたのか?」
「……はい」
どう答えていいのか迷って、俺はとりあえず頷いた。
魔導書を使う許可をもらいに行ったはずなのに……覚えてないのか。
父上はしばらく俺を見つめた。
「魔導書がなくても使えるということは、火炎魔法はマスターしたんだな? いつから勉強していた」
「一ヶ月前です」
「一ヶ月前だと!?」
驚愕する父上。
「一ヶ月で魔法をおぼえたというのか?」
「はい」
「才能が……あった?」
俺を見つめる父上。
その目は、初めてこのリアムの体で目覚めたとき、あの宴会の時。
娘が生まれたときの目と、ほとんど一緒だった。