298.代弁者
「すごい……」
アメリアの歌がとまった。
彼女は見あげた状態で目を丸くして舌をまいていた。
俺も負けず劣らずとかなり驚いている。
前詠唱にアメリアの歌が加わって、同時魔法の数が今までの倍くらいに跳ね上がっていた。
「アメリアさん」
「な、なんでしょう?」
「もう一度歌ってくれませんか? 確認したい事があるんです」
「わかりました、陛下のお頼みとあらば」
アメリアは即答し、再び琴の弦に指を這わせ歌い出した。
さっきとまったく同じように、アメリアの歌によって俺は高揚感を覚えた。
それと同時に体に力がみなぎっていくのを感じ。
ここまではまったく同じだった。
俺自身のことだから体がまだその感覚を覚えている。
確認したいのは別のことだった。
俺は力がみなぎっていく肉体をひっそりと確認しつつ、アメリアをまっすぐ見つめ、観察した。
アメリアから何か力が出ている、といったことはなかった。
アメリアの歌で、同時魔法の数が倍増した。
それで考えられる理由はいくつかあって、一番最初に思いつくのはアメリアの歌に何か力があって、それを俺の体に注入される形になった、ということ。
だがそうじゃなかった。
アメリアからは魔力を含む「何かしらの力」が出ているということは一切なかった。
歌は相変わらず最高そのものだが、「力」という一点に限って言えば何も出てはいない。
俺はもう一度前詠唱を重ね、テストだから【パワーミサイル】じゃなくて威力抑えめで数が混ざりにくい【マジックミサイル】を199連でうった。
さっきとまったく同じように、無数の魔法の矢が空中で衝突して爆音と爆煙を巻き起こす。
アメリアは歌い続けていた。
さっきとは違って、今度は歌をやめずに歌い続けた。
知りたいことは確認が取れたから、俺はアメリアに話しかけた。
「ありがとうございますアメリアさん」
アメリアは手を止めて、歌をやめた。
「よろしいのですか?」
「ああ、知りたい事はちゃんと確認が取れた……けど」
「けど?」
「不思議です。アメリアさんの歌から魔力は一切出ていないのに、俺の魔力が増幅されたんです。こんなことは初めてです」
「初めてなのですか?」
アメリアは不思議そうに小首を傾げた。
「はい。理由も……よく分かりません。アメリアさんは何か心あたりはありませんか?」
「魔法のことはなんとも……。陛下でもおわかりにならない事を私なんかが……」
「あ、うん」
アメリアにそう言わせてしまったことにちょっと申し訳なさを感じてしまった。
力が出ていると感じなかったから、念の為に本人に聞いてみたけど、それが良くなかったみたいだ。
何かフォローをしなきゃ――とは思ったけど、どうフォローすればいいのか分からなかった。
「えっと……その、あ、ありがとうございます」
なにか言わなきゃ何か言わなきゃと、搾り出したのがなんの変哲もない感謝の言葉だった。
申し訳なさでうつむきかけたアメリアが顔をあげた。
それと目があった瞬間、それまで何も思いつかなかったのが嘘みたいに、言葉がすらすらと口からでた。
「アメリアさんのおかげで新しい世界が開けました」
「そんな――」
「本当です!」
謙遜と反省が半々に入り交じったような表情をするアメリア。
その先の言葉が口から出るよりも早く、俺は強い言葉でそれをさえぎった。
アメリアが驚いた顔で俺を見つめてきた。
「本当です。今までの修行とか研究とか、そういうのとはまったく違った方向性の世界です。その、えっと……どういえばいいんだろう」
『初めて合唱や輪唱を知ったとき――とでもいっておけ』
説明するための相応しい言葉が見つからないでいると、ラードーンからアドバイスが飛んできた。
意味は直ぐには分からなかったが、魔法以外のことでラードーンのアドバイスに従って間違いだった事は一度もない。
「初めて合唱や輪唱を知ったとき。って感じです」
だから俺はラードーンのアドバイスをそのまま復唱した。
すると――やっぱり今回も間違いはなかった。
アメリアは一瞬だけど驚いたような表情を浮かべたものの、すぐに納得したような表情にかわった。
「そう、なのですね。陛下のお役に立てたのですね」
「はい、すごく」
「よかった……」
アメリアはまたうつむき加減になって、今度は頬を微かに染めて、嬉しさをかみしめる様な笑顔になった。
どうにかフォローは出来たみたいだ、とラードーンに密かに感謝した。
フォローは出来た。
俺の思考は次の事にむかった。
「あの――」「あの――」
口を開くと、アメリアの言葉も綺麗にかぶってしまった。
俺は――いやアメリアも同じで、まったく同じタイミングで同じ言葉で綺麗にかぶってしまったせいで、俺達はまるで物理的にもぶつかり合ったかのように、これまた同時にちょっとだけのけぞってしまった。
「す、すみません!」
「いえ……私の方こそ」
「えっと、アメリアさんからどうぞ」
「とんでもありません。陛下のほうから」
「えっと……」
「……」
勢いが削がれて仕舞ったということもあって、俺は言いかけた言葉をどういおうか、と悩んでしまった。
それはアメリアも同じみたいで、向こうも言いたいけどどう言えばいいのかという顔だ。
何を言いたいのかは本人じゃないからわからないけど、どう言えばいいのかは今の俺とまったく同じだから気持ちはよく分かった。
それでどうしようどうしようと徐々に焦っていく――と。
「――やれやれ」
俺達の真横にラードーンが現われた。
彼女はいつもの幼げな姿で、腰に手を当てた仕草で現われた。
顔がちょっと呆れ気味なのはやっぱりこの状況に呆れているからなんだろうなとすぐに分かった。
「我から一つ提案だ」
ラードーンはそういって、呆れた表情だがまっすぐとアメリアを見つめて。
「お前、この国に引っ越してこい」
「え?」
驚く俺とアメリアだが、すぐに分かった。
呆れ顔のラードーンは、言えない俺に代わってそれを切り出してくれたんだ。
憧れの人。
魔力を増幅してくれる人。
あらゆる意味でアメリアにもっとこの国にいてほしいと思ったが、それがタイミングを失って言い出せなかった。
それを代わりに言ってくれたラードーンには感謝を――と思っていたら。
ラードーンは呆れた顔のまま俺の方を向いて。
「この国に引っ越してきてもいいか?」
といった。
「……え?」
驚く俺。
どういう事なのかと驚き、理解が追いつかなかった。
ラードーンのそれが、俺だけじゃなく、アメリアの言葉も代弁したものだと理解するまでに大分時間がかかってしまうのだった。