293.もっと早く会いたかった
街の外、会場の中。
アメリアの演奏会のために建造していた会場がいよいよ完成した――ということで、俺は会場の中をくまなく見て回った。
舞台上から、観客席のいろんな所から。
あっちこっちで見て回って、魔法での音の聞こえ方を確認する。
たっぷり時間をかけて、一通り問題がないと確認した。
「これで開催ができる」
無事完成したことで、俺は胸をなで下ろした。
これでようやく――という安堵が胸に広がった。
「陛下……」
不意に、背後から声が聞こえてきた。
振り向くと、そこにアメリアが立っていた。
アメリアは申し訳なさそうな顔をしていた。
「アメリアさん!? いつからここに?」
「先ほど、レイナさんから連絡を受けて」
「レイナが?」
『ふふ、さすがに気が回る』
俺の中でラードーンがレイナの事を褒めた。
三幹部の一人に数えられるレイナはラードーンの褒め言葉通り、いろんな事によく気が利くタイプだ。
今もそうで、会場が落成したら俺はたぶん直ぐにでもアメリアに知らせたい、というのを見越した上でアメリアに知らせていたんだろう。
「だったら丁度いい。見ての通りですアメリアさん、会場が出来ました。パッと見ると、魔法面での問題はないですけど、何か足りないところがあったら遠慮無くいって下さい」
「……」
「アメリアさん?」
アメリアは返事をしないで、俺をじっと見つめ返してきた。
その表情は何故か、いちだんと申し訳なさそうにしてるように見えた。
「私なんかのために……」
「違いますよ、俺自身のためです」
言葉を遮ってきっぱりと言い放った。
「俺が、アメリアさんの事をみんなに知ってほしい、自慢したいってだけです」
「自慢、ですか?」
「魔物達と一緒に暮らしていて分かったんですが、魔物達って娯楽の種類がすくないんですよ」
「娯楽の種類……ですか」
「そうです。俺も大概ですけど、それに輪をかけて知らないんですよ。もともとがないからしょうがないんですけど」
「そうなのですか……」
「歌とかも、一応人間が歌うっていうことは知ってますけど、じゃあ歌ってなんだ? って聞くとわからないんです。そんなみんなにアメリアさんの歌を聴いてもらいたいんですよ」
「ですが、それならこんな大がかりな事をなさらなくても」
そう話すアメリアの顔にはまだ、申し訳なさが残っていた。
「俺、ラードーンにかなり早い段階で出会えたんです。ああ、それをさかのぼれば師匠もですが」
「どういう事ですか?」
「上手くは言えませんが、早い段階ですごい魔法を使う人達にふれてきたから、いまこうして色々魔法ができると思うんです。最初がしょぼかったら、結局魔法もこの程度だったんだ、って見限っちゃってたかもしれないです」
「……それが、私、ですか?」
アメリアはやや驚いたような顔をした。
「はい」
俺ははっきりと頷いた。
「アメリアさんはすごい人です。俺が今お願いできる人で一番すごい人です」
「そんな――」
「本当です!」
俺はまたアメリアの言葉を遮って、力説した。
「アメリアさんはすごい人です。もう知ってると思いますけど、この国の魔物達は【ファミリア】の魔法で人間に近い感情と感性をもちました。だから、今、最初にすごいのを見せてあげたいんです」
「……」
「改めてですけど……お願いします」
「……わかりました」
アメリアは物静かな声で受け入れてくれた。
さっきまでの申し訳なさとか、気後れとか、そういうのは一切合切消えてなくなった。
「ありがとうございます!」
「陛下のその言葉……卓越な知見だと感銘を受けました。私に出来る事は喜んでご協力します」
アメリアはそう宣言してくれた。
出来る事――なんてまだまだ謙遜が過ぎるけど、改めてやってくれると言ってくれたのは大きかった。
これで問題は全てクリアした。
人間の国からの干渉は十数個の魔法とか罠とかでほぼほぼ防ぐことができる。
スカーレットの外交もあってかなり安心だ。
この会場が出来て、魔法での音響面も完璧で、楽器も最高のものにした。
何よりアメリア本人がやる気になってくれた。
これまであれこれやってきて、必要な事を一つずつ積み上げていって、外堀を埋めていった。
ここに来て、完全に全てのピースが埋まったという確信を得た。
後は実際に独唱会を開催するだけで、それはきっと、間違いなく成功するだろうと俺は確信している。
今から待ちきれないと、俺はワクワクしだした。
ふと、そんな俺をアメリアがじっと見つめてきている事に気づいた。
「どうしたんですかアメリアさん?」
そんなアメリアを不思議におもい、聞き返す。
アメリアが俺を見る表情はちょっと不思議で、あんまり見たことのない類の表情だ。
物静かにまっすぐ見つめてくるその表情が不思議だった。
だから聞いてみると、アメリアは静かに言い放った。
「私ももっと早く一流の陛下と出会いたかったです」
アメリアの言葉に、俺はものすごく恥ずかしくなって、照れてしまうのだった。